日の神・主晴

友人にエールを送ると、自分にも幸せを得ーる

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月七日

まあ、なるようになるさ、となるわけだ。
この「なる」という言葉自身が、もう「成り生りなって、鳴りいずる」から来るわけだ。
何かになろうとすること、成し遂げようとすること、希望を持って努力していくこと、夢に向かって実現化していくこと、等々は、もう、こちらの天に神がおわしては、結果、地上界に降りるわけだから、神が良しとすれば成就するとなる。
だからこそ、その時に成功する、うまくいく、合格する、実現化する、という風なることも、いや、今ではない、そこではない、違うところである、という風に導くことも、天が決めるわけだ。
導いていくわけだ。
必要な所に、必要なる物事に出合わせ、人と出合わせては、天界が展開させているわけだ。
簡単な話、全てはここ(天)が決めるわけだから、まず自分の想念界が、ピピピピピピピピピと、天に届けられるわけだ。
思い一つ一つも、発する言葉も、行動も、全てお見通し。
で、天から御覧になっているわけだ。
そうして、色んな天の使いを使って、報告したり、結果、答えが出たりという風になっている仕組み。
アクセス、常に、天にアクセスだ。
決め込むということ。
夢への実現化というのは、色んな手段があるわけだ。
まずもって、自分が何をやりたいのか、そしてそれを、どのようにしていくのか、まあ、計画を立てるわけだ。
ある程度の計画、細やかなる計画までしていくわけだ。
そうしてそれには、周りの関係者を共に進めていくわけなのか、自分一人で行動していくのか、色んな手段、方法というものがある。
これ、もう具体的に結果を決めることだ。
もう成功した、
そしてそれは、どのようにもう成長したかということも、決めてしまうわけだ。
もう、未来を決め込んだわけだから、そこに向かうだけである。
後は、念じては行じ、行じては念じるということだ。
念ずるというのは、実にこれが大事であり、天に向けて、
「どうか神様、成就することが許されますように。
人救い、世救いのために、私はこのような事をこれからしたいと思います」
という風になること。
そうすると、天は
「おお、おお、利他愛の想念か」
まずはそこが大事だから、そうしては、色んな応援団を呼んでくれるわけだ。
まずもって、天の使いたちに報告されるが、それぞれの天の使いたちも担当があり、色んな役目があるから、そうしては御縁を通して、繋いでいくわけだ
見事にこれ、出会うべくしての出会い。
だって、同じお盆の中で、毎度毎度、生まれ変わり、出会わされているわけだから、いつか出会うわけである。
ま、このタイミングか、今回は、となるわけだ。
勿論、毎回同じなわけではない。
今回は、何度も申すが、色んな時代の統合であるし、然れども御縁は同じでできているから。
よくある話であるが、自分が昔、教師であった。
そして、 ある者が生徒であった。
今回は、その逆、という場合もよくある話だ。
だけれども、何故か、習う前から何となく分かり、教師よりも、実にこれ、分かっていたり知り得たりするという場合も多くあるわけだ。
まあ、習う必要ないぐらい、知識が残っていたという風なることも多くあるわけ。
そのようにして、イコールではないにしろ、関わる者たちは、同じ面々ということだ。
うん、見事にそうなっている。
レムリア時代、分かりやすく、これ、例えばアーティストだった者は、今回もアーティスト。
博士だった者は、まあ今回は博士と呼ばれないにしても、発明したり、何となくそういうことを携わっているとなる。
そのようにして、これからこれからの者達もいるわけだ、うん。
博士の中でも、色んな分野に携わっている者もおる。
そうなってくると、順番というものも出てくるわけだ。
一度にこなせるものではない。
その都度その都度、順番でくるわけだ。
そのようにして、天界が展開させているということ。
だから、常に天にアクセスである。
決め込む。
もう未来決定。
絶対にうまくいくと決定するわけだ。
例を言えば、今は一見、趣味程度で作っている人形だ。
まあ、昔はプロとして、デパートやギャラリーでも売っていたわけであるが、ある時、それはやめて作り続けている。
そうしてその人形、まあ猫の人形であるが、となると、どの者か分かってくるが、これ、自分の作品に、偶然に出会うという話。
先ほど友人からの電話で、伊香保温泉の話が出た。
まあ、猫町に伊香保のような温泉街を作ろうねという計画があるわけだから、いずれ、行くという風に、伊香保温泉、決めていたわけだ。
もう何十年も前の話だが、昔、伊香保温泉の、あの石段の店屋の中に、下駄屋があって、、そこに入ったら、何と、この者の作品、猫の下駄屋が飾られていた。
驚いて店主に聞くと、友人からどうしても、譲ってほしいと、譲り受けたということだ。
そのようにして、意外な所での出会い。
まあ某有名デパートで販売していたわけだから、色んなルートで流れてきたわけであるだろうが、これ、そういうこともある。
面白い話である。
今まさに、下駄屋も作ろうとしているが、このようにして、人形というのは、実はこれ、魂が込められるという風なること、よく言われるわけだ。
人形(ひとがた)、まあ猫は、猫の人形だが、可愛がれば可愛がるほど、大事にすれば大事にするほど、ずーっと人形さん達が元気でいてくれる。
まあ、人形も心を持っているわけだ。
無機質と思われるような石ころも、勿論心があるし、木も草も勿論心がある。
宿るわけだ。
だから愛おしい、大事にしようという思いが大事だ、うん。
どうせだったら、自分が望み通りの人生というもの、歩もうではないかとなる。
もう自分が、成功している姿を思い浮かべ、何かの成功の時に、祝賀パーティー。
それはそれは豪華なパーティー。
周りの方達も素晴らしい方たち。
そういう風に、未来を決定付けるわけだ。
今年一年が、勝負の時。
本当にそうなっている。
今年一年が決め込むと申してもよし。
それぐらい行く年だ。
今日の年だ。
GOの年だ。
今日は、何の数霊?
タケル「四十です」
四柱、何でも四つの柱で、建物が建つわけだ。
あのピラミドウも、実は四つの柱だ。
のように四角錐であるわけだから、建物というのは四柱だ。
心も、実は四柱でできている。
然りとその、四柱というもの、グラグラしないように根付かせることだ。
一度決めたら、揺るがないこと。
人が例え、
「そんなの無理だよ、馬鹿馬鹿しい。
聞いちゃいられないな」
そういう意見は、右から左、水に流す。
まあ、面と向かってそのような失礼なこと言うのはは、よっぽどであろうが、
「大丈夫だよ、きっとうまくいくさ」
と言う友達。
うんうん、そういうエールを送ってくれる友達、実にこれが、エールというのは、幸福を得るという言霊だ。
そういう風になっている。
だから自分自身も、これ、友人に対してエールを送る事だ。
それが返って、自分にも戻ってくるわけだ。
得るというのは、そういうことだ。
今日は、何日?
タケル「7日です」
機械じゃないんだから、休みたいなーと思ったら、少しは休んで、そしてまた馬力をかけるわけだ。
人間なんだから、そういうことも大事だ
自分の体は、自分しか分からない。
エネルギーを溜める時間ということだ。
得ーるだ、うん。
エネルギーを得ーる。
私は、与えーる神、ハハハ。

日の神様    2019年3月7日 夜11時11分~11時28分


ハハハ、神様がおっしゃいましたけど、今ね、与える。
神様が与えてくれるから、我々は恵みというものを賜わるんだ、ね。
全て、こうなってるの。
だから神様から来て、自分たち、この御魂ね頂いて、そうして又、こういう風になってね、これが永遠にこう、人にもエールを送ると、自分にも返ってくるんだよ、ねー。
Lという字の筆記体を使われて説明)
いいことしたら、いいこと返ってくるの、当たり前の話なの。
ありがとうって感謝の言葉、来るでしょう。
それが、光の勲章になってるんだよ、ねえ。
そうなっているんだよ、ねー。
「ありがとう」を、百回言っても、千回言っても、友達から、心の底から、「ありがとう」って言ってくれた方が、よっぽど光を得ることができます。
そんな暇あったらね、少しは何かしなさいということだ。
御利益信仰じゃない。
ありがとうは、感謝の言葉だ。
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時30分
日の神・主晴

天国界に通じる想念というのは?

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月六日

入り口があったら、出口があるのは当たり前ではない。
入口あっても、出口が無くなる場合があるということだ。
大概人は、あるイベント会場に行って、入り口から勿論入って 色んな催し それはそれは賑やかだ。
そこは霊界のイベントだ。
天国界も、色んな層がある。
そうしては、その者その者の相応の理によりて、その天国界の層は決まるわけだ。
「あら、あなた何階?
あら一緒じゃないのね」
という風に、同じとは限らないわけだ。
夫婦でありても、いくら仲が良かったとしても、まずもってその霊界の入り口。
生年月日で、まあこの世に生まれ、あの世に逝く時も、もうとっくに決められているわけであるが、幽界誕生。
そうして旦那か女房か、どちらか先が先に逝くわけであるが、とりあえずのアカシックレコード見せられる時には、迎えに来てくれて、参列したわけである。
その後の住む所に於いては、同じとは、本当に限らないわけだ。
そうして、その者その者は、天国界にて修行だ。
もう片方は、地獄界。
これは地下になっているという風に、地下に行けば行くほど、それはそれは修行というものが、ドンドン過酷になってくる。
その地獄界の入り口、もうフタをされるから、この世行きの列車というものは、もう発車しないわけだ。
そうしては、やはり相応の理で振り分けられて、地獄界の層、それぞれ修行になるわけだ。
このようにして、もうあの世の入り口に入ったならば、 天国界の者は、またこの世に輪廻転生ということで、それまでは修行になるわけだ、うん。
またこのように言って訂正ということでそれまでは修行になるわけだ
だから結論、天国は、入口と出口があるわけだ。
それを然りと踏まえて、この世を生きることだ
このままで、今の生き様イコールで、天国行き、地獄行きというものが、振り分けられるわけであるから、大丈夫かな?と、まず自分の身を振り返るわけだ、うん
「いやあ、自分は結構いい人間で、人には親切。
まあまそこそこという風に、きっと天国界だろう」
と思っていても、こればかりは神が決めるわけだから、分からないわけだ。
また、この世の宿題というものも、もし残されていたとしたならば、そういうようなことも、計算に入れられるわけである、うーん。
ある人物とのトラブル、今だ引きずっては、ああでもない、こうでもないという風に、心の清算が、まだしきれてない者。
お金の清算がまだしきれてない者、という風なることだ。
あの世に逝ったからと言って、御破算ではない。
「家のローンなんていいんだよ。
どうせ、 あの世に逝くんだから、それで御破産さ」
まあ、そういうシステムもあるであろう。
そうなっている所も、勿論あるであろう。
然しながらも、借金というのは、やはりあの世にイコールになってのことであるわけだ。
だからこそ、キチンと常に常に精算というのを、心がけることだ。
今日は、あの世の話ばかりしているが、あの世こそ、みんなの必ず逝く未来である。
これからの生活ぶりで、あの世の層が決まるわけだ。
「まだまだ若いから、そんなこと、考えちゃいないよ」
なんて、とんでもない。
いつ何時、お迎えがということ、分からないわけだ。
だからこそ、常に、一瞬一瞬を大事に生きよと申す。
いつ、あの世に逝っても、後悔せぬようにという風にすることだ。
執着だけは、残さぬようにすることだ。
この世の、この今の瞬間の想念が、イコール、イコールで成り立っている、あの世の世界だ。
まずもって想念界が、天国界に通ずるか、否かということで決まるわけだ。
これ 天国界の想念というのは、どういうものがあるであろう、はい。
タケル「利他愛」
うん、自分のことよりも、まず人のことだ。
気遣うことだ。
ただ自分のことは、勿論大事だ。
自分のことのように、人のことを思えるということが大事という、それが利他愛だ。
後は?はい。
タケル「……」
利他愛だけかな?
天国界の想念は。
何でもよし。
思ったとこと、何でもよしだ。
タケル「……」
まあ、上げれば色々とあるわけであるが、天国界の想念というのは、まず明るいこと、思いやりのあること、優しいこと、親切なこと、穏やかであること、和する心を持つこと、救わせていただこうと思うこと、まあ上げたら色々ある。
今の言った想念の者が、まあ、天国界に通ずるわけだ。
そこに、マイナス要素はなし。
温かな春のような、そう、小春日和という世界だ。
花々や、さえずる鳥、川のせせらぎ、という風に素晴らしい、ずっといたいと思えるような世界。
上に行けば行くほど、芸術などをたしなめる世界だ。
本当に上の方は、神界と近い世界である。
温かいものだから、薄着で大丈夫なわけだ。
だから、神はいつも薄着なわけだ、うん。
下に落ちれば落ちるほど、寒く極寒となるわけだ、うーん。
地獄界の落ちている者たちの関わりの中で、憑依霊や地縛霊がいるが、そういった者たち、何かしら自分に、知らずに関わっている。
まず、どこの時代の、なにがしかということも、普通ならば分からないが、もしこちら側で分かったとしたならば、徹底してお詫び、そうして救わせていただくということ。
神は、メッセージやサインを与えるということは、まず自分たちが、どの時代に、どういうことをしてきたかということが分かって来るわけだ。
そうすることによって、ああ、だから、今はこうなっているのだという御仕組みが見えてくるわけだ。
タケルも、この者も、直前世は戦国時代は、武将であったから、やはり本当にそういった者たちが、 周り多くいるわけだ。
それぞれが、何がし、何がしと分かって来くる度に、なるほどなーと、つくづく見えてくるわけだ。
本当にこれ、国が決めた敵味方と、自分たちの心の敵味方は、イコールではない。
それが本当に分かってくる。
こんなに仲良かったのに、昔は敵だったんだねということ。
また、その逆もあるわけだ。
今回は戦がない分、平和に、和する心というもの、出来うる限り、何かトラブルを起こりたとしても、まず相手にお詫び。
そうすれば、相手も変わってくる。
今回は、色んな時代の統合でやってくるわけであるから、それぞれの時代のメッセージが、こちらも色々と降りてくるわけだ、うん。
レムリアと戦国は、とにかくメッセージが多いわけであるが、他にも色んな時代が、ちょこりちょこりとくるわけだ。
来る必要があって、勿論来ているわけだから、まず、これから真剣に友達と共に展開していこうということだ、うん。
過去世関わっているから、まあ今世も関わるであろうという風に、これからだ。
今日は、何の数霊?
タケル「三十九です」
19で行く。
三位一体になる世界で、実にこれ、想念が行くということは、まず現霊界神界、そしてマルチョンと、こういう風に通じていくわけだ。
三が主という字になったが、とにかく、この今年のテーマでもあるが、三十九というのは、想念が行って、三位一体なる世界、全てにこれ、自分の思い、願い、計画、まあ悩みなどもそうだが、そういったものが、神の世界に行く。
そうして結果が生まれるわけだから、だから、想念を大事にせよと、何度も申す。
これ(想念)次第だ。
今日は、何日?
タケル「6日です」
今年は、浄化もそれぞれドンドン起こってくるから、お掃除されつつ、頑張っていくことだ。
霊心体に渡ってのお掃除が本格化している、うん。
そうして、夢実現化に向けていくわけだ。
掃除は大事、大事なり。
私は33の神。

日の神様    2019年3月6日 夜11時11分~11時33分


思った通りのことが、実現化しやすい年。
これは、やりがいある。
頑張っていこう
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時33分
日の神・主晴

春の芽吹く氣で、人生の花、咲かせよう

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月五日

文字に示されること、多しなわけであるが、それが文字霊といって、分かりやすくなっている、うん。
天地創造の主神様、そして天上界。
まあ、この下が神界になるが、チョンチョン、で線をひく。
これなんていう字だ?
タケル「立つという字です」
立つという字。
そして、こちらのチョン(左)が上へといっている。
そうだ、まあ、日の神、所謂これは、火を表わしているわけだ。
火は、上へ上へという風に炎、昇っていくわけだ。
で、こちらが、月の神、でもって水を示しているわけだ、うん。
気に図を示しているわけだ、うん。
水は、下へ下へと落ちていくわけだ。
だが例えば、蒸発する時は、上へ上へと又、水の気が昇るわけだが、それには、火があるからこそ、昇るわけだ。
蒸気というのはそういうことであり、雨が降るという循環なるも、この火と水の仕組みによりて、起こるわけである。
所謂、火と水、十字に組みての御仕組みによって、こういう風に、世の中成り立っているわけだ、の「立つ」だ。
で、これは何という字かな?はい。
タケル「産む」
産むという字の中に、こういう風に入れると、生まれるの産(さん)という風なることにわけだ。
人というのは、こういう風に、三大神の御意図(みいず)によりて、産まれてくるということだ。
ここに、御魂あるわけだ。
(生という字のチョン)
人間の体というのも、火の氣、水の気というもの、賜わりてのエネルギーによって、生かされているわけだ。
何度も申すが、起きてる時は火の氣、寝ている時は水の気だ、うん。
これから春だが、ドンドンと、芽吹くという時期であり、命がまた新たに生まれてくる時期だ。
こういう次期こそ、波に乗るということだ。
グングングングンと、天に向かって昇る。
そういうエネルギーだから、やる気もドンドンドンドンと芽生えさせては、天へ天へと伸びていく。
この実に、氣というもの次第で、人というのは、大きく変わるわけだ。
中が、シメシメの気なのか、光輝くのこの氣なのかだ。
極端に言えば、こういう風に、分かりやすくなっている。
昔、この字(氣)しかなかった。
何故こうなったかの意味は、何度も申した。
光を閉め切る。
シメシメ、閉めだ。
だから、世の中というのは、プラス思考と、マイナス思考、どちらか極端化しているわけだ。
まあ、マイナス思考の者は、何をやってもマイナス。
「まーた失敗した。
ぜんぜん、ついてないや」
という風になることだ。
プラス思考は、例え失敗したと思っても、
「ああ、これは学びだ。
もっと、俄然やる氣が出たぞ」
こうなってくる。
常に常に氣を縦に縦にと持っていくわけだ。
十字だ、プラスだ、そして光を放つわけだ。
四方八方一六方だ。
この違いは大きい。
同じ氣でこうも違うのが、本当にこのプラスかマイナスだ、ハハハ。
ああ、本当に分かりやすい。
人を見てみるとよい。
分かりやすくなっているからだ。
プラスに受け取る者は、グイグイグイグイ、前へ進み、昇っていく。
例えどんなことが起こっても、やる気満々だ。
そういう者が一人いるだけで、周りも影響してくるんだ。
あの人の元気、あのプラス思考、是非是非自分にも頂きたい。
その氣というもの、賜わりたいという風に、プラス思考の者には、周りが賑やかに、人が集まってくる。
マイナスは逆。
「何かドンドンと、あの人といると、落ち込んでいくのよね」
「悩まなくてもいいところを、悩んでしまったわ」
それでは、自分を失うの、MY無す(マイナス)だ。
だからこそ、この春の芽吹く氣を頂くわけだ。
これは、本当に花が咲く。
まず、梅、桜という風に、その季節ならではの美しい花々。
自分の花も、もう春に咲かせようではないかとなる、うん。
まあ一年中、咲かしてもいいが、とにかく 今、春爛漫とするわけだ。
何か一つ、自分に輝くものを、まず見つけることだ。
人にはない、個性というものを磨くことだ。
自分が本当に、やりたいことをやることだ。
なってみたいものになるように、努力するべきだ。
そこに本当に、限りという壁は作らない。
この氣一つで、絶対うまくいく。
これ(氣)は、太陽の氣だからだ。
光、光に満ちたる気持ちというもの、常に常に持つということ。
まあ、人間というのは、それはそれは色んなこと起こりては、波というものあるが、この光の氣というものを忘れずに、奮い立たせる、芽吹かせる、輝かせる、うん。
絶対にうまくいく。
そうやって言ってるだけで、周りも
「おお、いいではないか」
と、応援してくるわけだ。
「バカなこと言ってんじゃないよ」
と思う者も、中にはいるであろうが、そういう者はほっとく、ハハハ。
ええじゃないか、ええじゃないか、よいよいよいよいの人生にすることだ。
自分が、ええじゃないかとなったら、いいわけだ。
今日は、何の数霊?
タケル「三十八です」
三位一体、神開く。
とにかく、氣を起こすこと。
タケル「はい」
自分の御魂は、氣一つだ。
ここの違いで、大きく変わる、うん。
(氣か気か)
光なのか、シメシメなのかだ。
今日は、何日?
タケル「5日です」
「おバカなこと言ってるんじゃないよ」
という風に思われるような、あり得ないような、大きな夢を、やる氣次第で、実現化可能だ。
常に、確信をもって、言霊を発し、実行していくことだ。
この世は、思考が現実化する。
自分の任務とするの、26分。
私は、やる気満載の神。

日の神様    2019年3月5日 夜11時11分~11時26分

だって、世の中、多くの大きいこと、夢実現化する人、今までもいたし、今もいるじゃないですか。
自分ができないってことはないんだよ、ね。
だって、 大物武将だったんでしょう?ハハハ。
周りの友達も、ね、姫さん達も、本当に自分がやりたいこと、やるべきこと、やっていきましょう。
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時28分
日の神・主晴

三位一体なる世界感が、霊主の生き方

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月四日

常に、目の前に選択肢、どれにしようかな?という風に、選んでは決めていく。
取り敢えずの予めの、予定の予。
まあ、立てているわけであるが、ドンドンとこれも、事の次第によっては変化していく。
そうして、なるようになっていくわけだ。
選んでいるようでいて、実は選ばされている。
仕組みというのは、そういう風になっている。
然しながらも、これ、Aの地点に行くのがいいのか、Bの地点に行くのがいいのかと、目の前にどちらか一つ、選択肢。
まあ、予定では、Aであったが、何となくBの方に決める。
人は、そういう風に、実に導かれているということになっている。
人の出会う順番も、決まっているし、出会う日も、最後の日も、決まっているわけだ。
「またね」
いつ出会えるか、分からない。
「もう、会いたくないよ」
また出会うかもしれない、ハハハハハ。
タケル「(笑う)」
まあ、人生というのは、そういうものだ、うん。
ボール、キャッチボール。
相手に投げる。
相手は、受けとめる。
相手も投げてくる。
自分が、受けとめる。
これが、キャッチボールだ。
言葉は、キャッチボールでできている。
ところがこれ、考えというものが違ってくると、相手ももう自分のボール受け取らず、向こうもこちらに投げかけないという風になる。
この人との流れ、実に実に、細かく細かく結び霊の理で決まっている、うん。
だからこそ、今を大事にしなさいということだ。
本当に、分からない世界になっているわけだ。
当たり前は、本当に何一つない。
明日、当たり前に、朝を迎えれるか、何も保証はない。
地球の上に乗っかっているか、分からないわけだ、ハハハ。
本当に、当たり前は、与えられている、この恵みということ。
恵みという言葉は、まあ、この恵みであるが、この目組、組み合わされてるわけだ。
あそこに書いてある「め組」だ、ハハハ。
(ミニチュアの江戸時代の纏いを御覧になって)
江戸時代、火消しのこういった、一生懸命、頑張ろうという風に、まあ、お互いに競争で、火消しをしようということであるが、今の時代、昔の時代、色々同じようなることも、変化がきているわけだ。
未来に向けても、同じことだ。
火を消すということ、また、火をつけるということも、どちらも必要だ。
火も恵みだ。
水も恵みだ。
火と水があって、煮炊きができる、お風呂に入れる。
ありがたしだ。
そういった恵み、一つ一つが、人類のために神は与えているわけだ。
だからこそ、例えば、これ、火や水で浄化するということも起こってくる。
どこまでも綺麗にするために、浄化というのは、自然現象で起こすわけだ。
まあ、人工的なることもあるわけであるが、いずれにせよ、そのように綺麗に綺麗にという風にしていくわけである。
常に、御魂、自分の御魂の話だ。
綺麗であれば問題ないが、汚れていたとしたならば、それは、今世、身に覚えなくとも、過去世からの、これ、宿題というのがある、うーん。
やり残したことだ、うん。
自分は、全く何も考えていなくても、覚えていなくても、色んな時代の色んな者たちがある執着の思いを持って憑いているわけであるから。病貧争災起こるわけだ。
そこが解決すれば、解決していく。
そういうことが、今の時代、分かってきたわけだ。
医学、医者であっても、目に見えない世界というもの、探求したり、そうして発表したりという風に、時代はそのように二通り。
未だもって物主(ぶっしゅ)な者と、、そういう霊主な方という者も、最近は多く増えてきたわけだ。
やはりこれは、精神文明に向けているわけであるから、次元上昇と共に分かってくる世界だ。
さあ、ここでだ。
(主という字を、下の線から書かれていく)
では、見えない世界が、繋がっているわけだから、自分が今、ここだ。
この現界。
(主の下の線)
限界があるから、現界ということけど、ここが目に見える地上界に、人はいるわけだ。
まあ、これが、自分としよう。
ここが、霊界だから、先祖たちは、ここの世界にいる。
(主のまん中の線)
そうして神界だ。
(主の上の線)
ここが、全部繋がっているわけだ。
で、天地創造の主神様がいらっしゃるわけだ。
(主の上の点)
この字は何て読む?はい。
(主の字を示される)
タケル「しゅ」
とも読むし、はい?
タケル「ス」
とも読むし、はい?
タケル「ぬし」
とも読むし、はい?
あるじ。
タケル「あるじ」
全部、自分のことだけ。
自分は主人公の主、自分の人生、映画に例えたら、自分が主人公だ。
もう、この字から繋がっていること。
三位一体なる世界で、自分が関わっていることが分かる。。
そうしてここに、プラスになっている。
(主という字に、プラスがある)
まあ、プラス思考だ。
こういう風になっているんだよというのが、これが霊主の生き方だ。
物主、書かなくても単純明快となるが、これ、はい、限界、ハハハ。
(一と書かれる)
限界です。
何も無い。
三位一体、無い。
人間死んだら、終わり。
この世、一回だけ。
だから何やっても平気。
どうせだったら、悪いことしたって平気だ。
だって、一生懸命働いて、お金。
人から奪い取って、お金、らくちんらくちんの方を選ぼう。
やってられない、真面目なんて、くそくらえだ。
ハハハハハ。
という物主。
まあ、物主の方が、イコールではないが、極端に言うと、これだ。
となると、主(あるじ)。
主人公もない。
一切全てが、偶然で出来ている。
それも物主の考えだ。
こちらは全部して必然。
必然必然必然と申す。
ここも、三大神だ。
三位一体だよということが分かるわけだ。
必ず起こるわけだ。
こっちは、たまたま偶然だ。
たまたま偶然に出会って、たまたま偶然に物事起こるわけだ。
ついてないな。
ついてないな、なんで俺がこんな目に合うんだ。
全部、世のせい、人のせいになりやすいのが、この物主。
霊主の人達に、伝えて行く。
これからの目は、この三位一体なる目を使って、世を見ていくことだ。
目に見えない世界は、勿論、第三の目で感じ取っていくわけだ。
それは、当たるも、当たらないも、そういうことではない。
「ああ、Aの方ではなくて、Bの方に行った方がいいかも」
そうすると結果、本当にそれが良かったということもある、大いにある。
タケルが、それ、昔経験した。
大きな事件だったが、一杯のコーヒーで免れたという。
タケル「はい」
電車で、大きなる事件があったが、本当にそういう風に免れる者は、後ろに就いている守護霊が、気付かせるわけだ。
「もう一杯コーヒー飲んで行きなよ」
いつもの電車に乗っていたら、まさしく、そういう大変な目に合っていたかもしれない。
タケル「はい」
だからこそ、この第三の目というもの、これから養っていくことが大事になってくるわけだ。
直感だ。
神に直々の直神(ちょっかん)だ。
この神(かん:だ。
神知る(感じる)ということだ。
守護霊を使って、神が救っている。
これからの時代、まあ、色んなこと起こってくるが、そのようにして、うまい具合に、上昇気流の方に導かれる者は、全くもって影響を受けず、否少しばかり受けたとしても、大したことなく、そういう風に、少しでも霊層界というものを、上げていくことが大事だ。
タケル「はい」
物主の者たちは、例えば、現実的に考えるから、何事も社会現象、起きたことによっての、右往左往だ、うん。
そうして不安なる要素のニュースで、頭は真っ暗闇。
不安でならないという風になってくると、思考が現実化してくるから、そのようになっていくわけだ、うーん。
本当にこれ、これからの時代は、どこで「不安」という落とし穴に落ちてしまうかとなる。
自分は、気付かなくとも、落とし穴に落ちてしまった。
そうなってくると、先も見えなくなり、ドンドンドンドン落ち込んでいく。
そういう社会現象と、今なっているわけだが、考え方、意識の持ち方一つで、いくら様でも、プラス思考であれば、輝いたる人生というもの、歩めるわけだ。
今は本当にこれ、天使が導くか、悪魔が導くかだ。
暗―い暗―いところ、悪魔は好きだ。
明るいところ、天使が担当するんだ。
そういう風に、どちらか一つが、人である、うん。
頑張って、明るい未来を築いていこう。
タケル「はい」
本当にこの第三の目の扉は、天地創造神と繋がっている。
開けば開くほど、神の御意図(みいず)というもの、賜わってくる。
目玉親父だ。
繋がっているわけだ。
今日は、なんの数霊だった?はい。
タケル「三十七です」
三位一体なる世界、いいなだ。
今日は、何日?
タケル「4日です」
うーん、おお、ちょうどいい。
33の、日の神。

日の神様    2019年3月4日 夜11時11分~11時33分

日の神様、月の神様も、自分たちのね、この左目、右目とに、繋がっている。
だから、開いたり閉じたり、瞳がするんだね。
本当にそうなっているわけだから。
「いやあ、綺麗だなあ」
というものは、大きく大きく瞳が開いて、
「汚いなあ」
というのは、縮んじゃうでしょう。
自分、意識ないんだよ、すごいよね。
頑張っていきましょう。
タケル「はい」
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時34分
日の神・主晴

神からの分け御魂、霊成形(ひながた)祭り

日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月三日

何が何やら、分からない世の中。
実はこれ、この三月三日の雛祭りということが、本来の意味合いが分かれば、(神の教えが)分かってくるわけだ。
女の子の節句では勿論ない。
では、何の日?はい。
タケル「霊成形(ひながた)祭り」
ハハハハハ。
分かりにくく、分かりにくく、今迄してきた。
「ひな」というのは、実にこの霊成(ひな。日成)。
神の霊成形(ひながた)から、そのまま、約12分の1のドールハウスの中にいる、お人形さんの大きさで、姿形、生まれたわけだ、うん。
だから、霊成形祭りと申す。
霊(ひ・日)で成らせるの形。
神々も、勿論、姿ありての神。
これは、男雛、女雛、男のひな形、女のひな形と生まれて、今があるわけだ。
そうして、雛壇に、男雛女雛、三人官女、五人囃子という風なる順番で飾られるわけだ。
三人官女は、それぞれが御神酒など差し上げる、お使いの者たち、巫女の役目だ。
五人囃子は、まさしく、その祝いのための雅楽などの演奏をしている者たちだ。
それが今や、女の子の祭りとして、雛段を飾られ、意味分からず、甘酒(あまざけ・天酒)、ひなあられ(霊成あられ)という風になっているわけであるが、これ、奥深い、この神の教えというものを知ったならば、知らない方々にお伝えしていくことだ。
神のひな形から、人の姿というもの頂いているから、まあ神とて、色んな姿や召し物しているわけでありて、これ、それぞれが担当されては、まあ、創造するしかないわけであろうが、これ、だからこそ大事に大事に、霊心体賜わったことを、感謝することだ。
分け御霊、神からの分け御霊であるということだ。
父母から、生まれたとて、体一つ一つ、親が創ったわけでは勿論ない。
どこもここも、神から賜わったものだ。
霊心体というのは、そういうことだ。
三(み)というのは、この身だ。
そうして、この実るの実だ。
三身実(みみみ)、 三位一体の「み」だ。
日の神、男の神。
月神、女の神。
男、男雛、女、女雛。
やはりこれ、男性は、男性の骨格をしている。
女性は、女性の骨格をしている。
だから、体格体型がそれぞれ二通り。
男か女かだ。
どちらかで生まれる。
神の分け御霊を賜わりての、自分たちの命だ。
そういった意味で、三月三日というのは、本当にありがたしの祝いの日なわけである。
まずもって、雛祭りであるから、神に感謝の日である。
この神の教えは、『つぶやき天使・第一弾』に載せてあるが、これ、節句の一つ一つの意味合いは、本当に奥が深い。
節目、節目のみ祭りである。
雛祭り、霊成形祭り、今まで人類界、どれだけの恵まれた、この御宝を、毎度毎度、輪廻転生許されて、ここまで来たということに感謝だ。
生まれて来れなかった者たちも、多くいるわけである。
だから、一生懸命、今からでも遅くない。
感謝で、一日一日を過ごさせていただくということだ、うん。
今日は、何の数霊?
タケル「三十六です」
十六の菊花紋。
何度も申すが、16人の王子から始まり、国作り、世作りというもの広まって、今がある。
まさしく、今日、霊成形祭りの教え。
16人の王子たちは、身近にいる者たちの中で、それぞれが役目を持って、果たしていたり、果たそうとしている。
これからの御世は、まさしく精神文明。
精神を大事にする文明である。
和の文明という言い方は、和をもつという、もう戦いの無き、平和なる素晴らしき文明を築き上げるために、今があるわけだ、うん。
今日は、何日?
タケル「3日です」
(太陽の紋章の絵を描かれる)
この太陽の紋章、世界各国には、残されており、その意味合い、太陽信仰の象徴であるということ。
太陽の神を崇めていたということ。
16人の王字の時、否、それ以前からだ。
今日は、何日?
タケル「3月3日です」
ハハハ、何故、カミは、知って言わせているのかと疑問に思うだろう。
所謂、数霊の一つ一つの御霊(みたま)ということ。
覚えていくということだ、
タケル「はい」
今日は、本当にめでたい日だ。
男は、雄々しくあることだ。
女は、男について行く。
だから、一歩下がってという風なること。
昔から、男が狩りに出て、女が煮炊きしてきたわけだ。
男は、外へ外へと向かって行く。
女は、中を守る役目だ。
そうして、二つで一つだ。
私は日の神。
あらら、(33分に気付かれ)となる。

日の神様    2019年3月3日 夜11時11分~11時33分


神様33分に直されました、ね。
3、3、です、本当に。
今日は33(さんさん)の日だ。
3月3日ですから、3日、3の日と書いて、まあ、太陽ですね、SUNだ。
月も、まあ今日は出ているかなーという風に、これも少し輝いているね。
まあ、太陽の光ですから、取り敢えず、SUNです。
SUN、SUNです。
サンサンと輝くか。
何度も言うけど、散々な目に合うかだ、ね。
これからの生き方というもの、どちらか二通りになるわけ。
頑張っていきましょう。
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時34分
日の神・主晴

何とかなるさ、そう思って実行すると、何とかとなってくる

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月二日

前世、まあ、過去世繰り返しであるが、元々それなりの身分で生まれた者たちは、自分で働くということの経験が少ないわけであるから、これ、まずもって働くことが苦手という者、多いわけだ。
やはり経験というものが、物を申すわけだ。
何事も経験だ。
まあ、そうは言ってられず、一生懸命頑張って働き口を、捜すわけである。
又は、手に職を持ったものは、そういう風に収入を得るわけである。
このようにして、何度も何度も。又、この地に降りては、経験するわけだ。
そうして上手くなってきたり、上達したり、極めたりという風になっているわけである。
まあ、働くこと苦手でありでも、昔経験した豊かなる暮らしというもの、何となく覚えているわけであるから、今の生活、こんなはずではなかったというようなること、思ったりする者もいるわけだ。
然し、これは、今、上昇気流でなくても、そのうち想念界、霊層界、上昇して、それこそ上昇気流に乗って、人生うまい具合に流れるということ。
そこまで行けば、スーイスイであるわけだ。
何も今、例え、苦労のど真ん中にいたとしても、それなりに楽しいこともあれば、生き甲斐というものも持つこともできたりという風に、一日の中で、一つでも二つでも、そのように喜びを見出せることというのが、魂の活性化に繋がるわけだが、現実的主義という風に考えると、
「老後はどうなるのかな?
念金もあまり貰えそうにもないし」
という風なること、ハハハ、うーん。
これからの時代というのは、ドンドンドンドンとこれ、変容の時期であるからこそ、また思い通りの世界というものを、自分が作り出していくという風になっているわけであるから、本当にこれは、思いの持ち方一つなわけだ
不安になっていると、不安な現象が起こりやすくなってくる。
ビクビクビクビクしているものだから、心配事が増えたり、悩まなくてもいいところで悩んでしまったりという風に、所謂、陥りやすいと いうことだ。
陥る、落ち入る。
一度どん底の沼に陥ってしまうと、なかなか抜けられない、抜けずらいとなりやすいわけだ。
だからこそ、想念の持ち方を、ググーンと、常にアンテナ上に向けて、向き合っていくわけだ。
現実に、今生きているわけであるが、思考の持ち方次第で、本当に世界が変わるわけだ。
実に、今の心の状態ということ。
さてさて、幸せに満ち足りているのか、 不安に陥っているのか、極端にいえばそういうこと。
実は、これは本当に、どう捉えるか、どう捕らわれるからだ。
今、10円玉一個しかないとする。
これ極端な話だが、ハハハ。
「ああ、明日はアメ玉も買えないな」
となる。
でも、何とか食べなくてはいけないから、木の実や山菜もうそろそろであるから、それを天ぷらにして食べようとする。
「何とかなるさ」となる。
もう一方は、まあ、100万円持っていたとしよう。
100万円もあるのだから、一日の糧、十分に、何でも買えるわけだ。
ところが、もう、このお金は、また入るとは限らないから大事にしなきゃならない。
それこそ、これから先どうなるのか、不安で不安でならない、という風に、色々である。
いくら持っているか、というのは全く関係ない
どのように捉えるかだ。
今、自分でも一勝懸命頑張って、何とかしようとする。
そうしては、そのように頑張っていく。
今までの生き方というのは、何事も当たり前と捉えているから、いつも同じような状態が続くと思い込んでいるわけだ。
ところが、どっこい、これからの時代は、ドンドンドンドンと変化していく。
これでもかというぐらい、いいことと、そうでないことの極端化が進むわけだ。
いいこと起こっている者は、ドンドンドンドンと昇って行く。
そうでない者は、ドンドンドンドンと落ち込んでいくわけだ。
この違いは、どこから来るからだ。
絶対うまくいくと確信して実行する。
まさしく今、この瞬間の想念の持ち方というものを、よーくこれ、考えてみるとよい。
何度も使うが、「先見の明」
先を見通す目というものを養う。
それが大事。
今、足元だけ見ているのではなくて、先を大よそでいいから、見通すわけだ。
自分の人生、どういう風に計画していくかだ。
まあ、今、平和であるから、トントン拍子に事が運ぶという計画に、一応、今のところなっているとしよう。
ところが、何が起こるや分からないということでありて、これ、病貧争災も含めて、色んなこと起こってくるわけだ。
だが、それは浄化、お掃除だから、という捉え方で、人よりも早く乗り越えたい、乗り越えようと努力する。
そうして、先へ先へと準備、今のうち準備するわけだ。
先を見通す目というのは、今準備するために、いただいているものである。
何もしないで、先を読めているだけでは、何も意味をなさないということだ。
これから、必要なるもの、いつも必要なるものというものを用意しておくわけだ。
余力、自分で目一杯なら、人救いはなかなか許されない。
余力を持って、準備していくこと。
人生というのは、足し算引き算ではない。
掛け算割り算でもない。
1+2は、3なわけではない。
そんなものではない。
考え方一つ、行動一つで、ググーンと、昇っていけるわけだ。
それが、先見の明。
絶対うまくいくと、確信して、実行する。
タケル「はい」
そうして、その時こそ、自分の夢、実現化し、周りも喜んで下さり、人生謳歌となる。
そのように進むには、今から先見の明なわけだ、うん。
人は、何を興味持つか、何が好きか、何が可愛い綺麗と思うか、何を共感するか、感動するか、懐かしいと思うか、涙するか、大好きだと思えるか、ということを念頭に入れていく。
そうすると、自分の夢が誰かの目に触れた時に、そういった感情、持ってくださったなら、ありがたしである。
「そんなもの興味ないよ」
振り向きもされない。
これでは寂しいわけだ。
やはりそういった魅力的なるものというものだ、うん。
みんなが祝ってくれるような、夢実現化が、望ましい。
今日は、何の数霊?
タケル「三十五です」
三十で統合(十五)していく。
統合に今向かっているわけだ。
治まるべくしての治まりとなる。
仲間もそう。
同じようなる仲間。
そんな中でも、勿論流れがある。
そうして、繰り返す。
「また光のサロンに行ってみたいな」
「またあの人たちに会いたいな」
と、思われるような、自分たちになりなさいということだ。
「もう二度とごめんだわ」
「会いたくもない、行きたくもない」
では、寂しいであろうとなる。
だがこれも、縁というのは実に決まっておる。
うーん、ハッキリとな。
出入りというものは、いつもいつも決まっているわけだ、うん。
出たり入ったり、入ったり出たりだ。
今日は、何日?
タケル「3月2日です」
私は、日の神。

日の神様    2019年3月2日 夜11時11分~11時31分



明日は3月3日ですけど、明日の教え、楽しみにしててくださいね。
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時32分
日の神・主晴

物主(ぶっしゅ)か、霊主(れいしゅ)か

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月一日

奥へ奥へと知ることによりて、段々と神の奥義というもの、もっと知りたくなるわけだ。
何事もこれ、まあ大よそであるが、初級中級上級という、段々の教えというもの、与えることによって、それこそ、まず基礎編というもの習いては、宇宙の法則たるや、どうなっておるのかということを、まず初めに教えるわけだ。
これを形にしたのが、『つぶやき天使・第一弾』なわけである。
何もどこにも、宇宙の法則、書いてやしないので、否、内容はまあ初級といったところだ。
そうして中級、そうして上級と奥義と段々、伝えゆくわけであるが、これ、奥に行けば行くほど、光の教えは、もっともっともっともっと偉大なる教え。
なるほど、このように宇宙の仕組みというもの、なっておるのかということだ。
変に小難しく、ややこしく、分かりにくくなっているのが、現状。
否、敢えてそうしておる。
手探りで、本物を掴めと申す。
どれが、本物の教えかということだ。
宇宙には、多くの多くの星が、それぞれ担当の神という者、使いし、もって夜になると、その星々、見晴らしのいい夜空の時に、まあ、わずかではあるが、姿を見せているわけだ。
その多くの星の中,果たして太陽のような、これ、同じようなる天体は存在すると思うか?はい。
第二の太陽、第三の太陽のようなもの、あるであろうか?はい。
タケル「ないと思います」
それは何故?はい。
タケル「太陽は、二ついらないと思います」
ハハハ、月も同じだということだ。
タケル「はい」
太陽と月があってこその地球である。
二つのこの照明の星があってこその、天台ショーなっているわけだ。
まさしく、日月の神である。
だから明るいとなる。
地球の周りにある惑星が、地球と関わっておるわけでありて、遠くにある存在する星々は、まあ、意味ありてのことではあるが、そこには色んな担当神がついており、もって、色んな世界が存在しているわけだ。
目には見えない、物質界ではない存在たち。
言い方変えれば、霊界人。
まあ宇宙人と呼ぶ者もおるが、これ、そういった存在の者たち、 全てこれ、未だもって分からなくしているわけだ、ハハハ。
まず地球に関わることを知ることだ。
遠くにいる者の話、それも想像するしかないわけであるが、これ、まずもって、天体というのは、お一人お一人の担当神によって、その御意図(みいず)によって、み働きというものがあるわけである、うん。
まあ人間にはなかなか理解不能であろうが、これ、日の神様が、体が燃えているわけではない、ハハハ。
タケル「(噴き出す)」
こちら側は、御縁を通して、親しい友人知人たち、この者に出会いては、まあ主晴(前世・信長)が教えるわけであるが、前世誰がしということを、知る者多くいるわけだ。
それは、例えば例を申すと、他の所でもよくある話。
「俺は昔、織田信長という風に、ある霊能者に見てもらったら、そう言われた」
すると、この者は、
「いえいえ、あなたは織田信長ではなくて、前田利家ですよ」
と申した。
この者に担当しているものが、信長自身だからだ。
今神霊界におるが、戦国時代はこの者は、豊臣の家来、大谷吉継であったし、タケルは、徳川の四天王、本多忠勝であった。
そうして周りの者たちも、次々と横の繋がりが分かってきたわけだ。
つまり、今申したいのは何かというと、例をあげれば、また織田信長。
この世に、どれぐらいの者、
「あなたの過去世、そうでしたよ」
と言われたかということだ。
それは、どういうことであろうかとなる。
答えは簡単。
まず過去世を知り得た時に、織田信長だとしたならば、周りの者たち、必ずやこれ、信長ゆかりの者たちが、傍にいるはずである。
ただ、闇雲に信長と言われても、周りは何も分からずという風なること、殆どなわけだ。
そうして、しまいには、信長と言われて、そういった信長の魂というもの、分魂されて何人もいるのではないの?という者もおるぐらいの低レベル、ハハハ。
人は、分魂できないの。
自分の魂、どうやってスライスして、色んな者、生まれるわけだ?
自分は、自分でしょうとなる。
バカバカしくて、そこは初級にも満たないので、省きます。
だから、前世、知り得た時に、周りも関連している者がいるというのが、分かってくるわけだ、うん。
はいこれ、約16年前の話。
まず、信長から、この者、大谷という風なること、まあ、他のお志津さんという御霊を使いて知り得たわけだ。
そうして、この者、大谷吉継というのは、何ぞや?という風に、その武将の本を買っては、五本の指に、親友と呼べる者、本多忠勝が入っていたわけだ。
然し、この者、タケルとは、まだ出会ってないわけだ。
その四年後ぐらいに、この者、タケルと出会って、出会った、否出会う15分前に、また信長が、瞬間移動エスパー、レムリア時代の泡アムールくんを使って、今から来る者、本多忠勝という風なる資料をプリントしなさいという風に用意し、会った瞬間に、この者は、
「あなたの前世、これですよ」
タケルは、目をパチクリしたわけだ。
こういった出会い。
周り、ドンドンとそういったことで、増え続け、今があるわけだ。
今、数え切れないぐらいの、前世知り得た者たちが、周りにおるわけだ。
名字同じ者、住んでいた所同じ者、何かしらのサインがあるということ、多くあるわけだ。
何も過去世、知らないと駄目ではないわけであり、知る必要のある者たちだけが、知り得るということだ。
知ったところで、どうするの?
だから何度も申すが、必要のある者に伝え、だから横の繋がり、こうなっているとなるわけだ。
ある者は信長、所謂織田家、そうして豊臣家、そうして徳川家といった、流れの者もいると、この前も伝えたが、見事にそういう風に、周りの者たち、次々との出会いによりて、分かるわけだ、うん。
織田有楽斎(うらくさい)という、今は成田の歯医者をやっている、久米氏であるが、彼は、長益す(ながなす)という、まあ有楽斎という呼び名もあるが、これ、織田長益というのは、信長の弟。
神ごとの大好きだった弟であった。
だから、兄が申す神様の話、もっともっと知り得たいと、本人が望んでいた。
信長という人物は、戦いの戦略よりも、神ごとの話の方が好きな男だったから、これ、家来の中で二通り、二極化されていた、ハハハ。
そんなのんびりしたこと言ってて、大丈夫かな?という家来もおれば、神様のお話にジ―ッと耳を傾ける者もおったわけだ。
兄弟の中にも、子供たちの中にも、家来の中にも、そのようにして、二通りだった。
まずそこに、信仰心ということがある。
いくら信長とて、信仰心というもの、命令できるわけではなし。
これは自らの、やはり発する思い、求める思いというもの、それが神の存在。
芽に見えるからこそ、感じるという存在なわけであり、まあハッキリ言えば、霊主か、物主かだ。
昔、ブッシュ大統領という者おった。
そして、レーガンという大統領もおった。
物主ではなくて、霊眼を開けという言霊を、アメリカの大統領に、そういうネーミングを、神がつけたわけだ。
霊主というのは、霊的に物事を考える。
物主というのは、物質的に物事を考える者だ。
この違いは、大きい。
例えば、出会い頭に、人と人がぶつかって、お互いに転んだ。
何か、両方ともよそ見して、そのようにぶつかってしまったわけだ。
それは、たまたま偶然では、勿論ない。
そうして出会い頭、初めてのようでいて、必ず過去世で、その者と出会っているわけだ。
だから、「袖擦り合うも、他生の縁」という言い方をする。
ましてや、ぶつかって転んだわけだから、ものすごい何かしらの御縁なわけだ。
そういう風なる考え方が、霊主。
物主とは、たまたま偶然にぶつかってしまった。
そこに何も意味というもの、見い出さない、という考え方だ。
これからの生き方は、やはりこの両方の考えを持つ者たち、大きく生き方、変わってくるわけだ。
霊主はやはり、先を見通す目というもの、ついてくる。
物ごと、見た目だけで判断せず、見えないものを感じとり、例えば見えないものの一つに、心がある。
心は、目に見えないわけだ。
また神の存在、天使の存在も、同じこと。
神様、おてんとさまが、いつも御覧になっているから、一人でいる時も、否、その時こそ、何をされているかなという風に、天使さんたちも見ているのだよという考え方。
否、担当の神は一番トップの方にいるわけであるが、天使が報告しに行くわけである。
今日は、こういうことがあった、ああいうことがあったというようなることだ。
物主の考え方の者は、誰も見ていない、好きなことをしよう。
中には、悪いことやっても分からない、サボっちゃおう、等々だ。
そうして、霊眼というものが開いてくる。
これは、霊的に見る力であるが、第三の目だ。
目に見えない世界を、感じ取ることができるようになってくるわけだ。
相通ずるということ。
奇跡もドンドン増えてくる。
例えば、可愛らしい花の妖精さん、感じたとしたなら、何かしらでサインをしてくるわけだ。
風もないのに、ユラユラゆらせるということも起こすのが、花の妖精。
香り、湧きたつというのも、花の妖精だ。
心美しき者に、感じやすくなるわけだ。
まあ、とにかく少しずつでも、神の教え、奥義というものを学んでいくべし。
今日の数霊は?
タケル「34です」
うん、14というのは、まあ、こう書くと意志という言い方もするが三十、三重構造になっている世の中だ。
割と大まかに言うと、三重構造だ。
天空地、神幽現、霊心体、上中下等々だ。
そのもの、宇宙の意志から成っているわけであるが、これ、三十四というのは、そういうこと。
先程申した宇宙の法則こそが、大まかに、三重構造だ。
そうして、天地創神、主神様の御意志で成り立っているわけだ。
この御意志一つが、辞―めたとなったら、、全て無に還る、ハハハ。
これ、一瞬でできる。
何せ、目玉親父だからだ。
これ、本当の世界だ。
夢幻か、まあ、宇宙の塵とならないように、頑張っていこう、ハハハ。
今日は、何日?
タケル「3月1日です」
私は、日の神。

日の神様    2019年3月1日 夜11時11分~11時44分



私も、まあ、神霊界のメシアの一人ですけれども、神様の奥義というのは、全て知らされているわけでは、勿論ありません。
もっともっと奥があるんでしょうけど、私には理解できなくなってくる。
それぐらい膨大です。
神様でないですので、私は、分からない、理解できないから、だから教えてももらえないわけなんだ。
ただ、人類界に伝えるべくしての教えのみを、私は神様からお伝えいただいているんだ。
それをあなた達に伝えているんだよ。
頑張っていこう。
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時45分
日の神・主晴

夢実現化に、確信をもつべし

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年二月二十七日

岸辺に沿うて、流るるわけだ。
大きな岩のようなものがあったり、なだらかであったり、急であったりと、人生は流れゆくわけだが、常に今も、流れているわけだ。
時の流れ、その中で常に常に、時折色んな物事との出会いによりて、スルーリとうまい具合に、流れる時もあれば、ドヨーンとどっぷりと澱んでしまうこともあるわけだ
まあ、それが人生だが、,常にこの今という瞬間が、まるで、まあ、海で言えば、サーファー。
波に乗って、大波が来たー。
スイスイスイーという風に、波に乗る。
人生の波というのは、これ、今まで色んなこと、振り返ると起こってきたわけだ。
その時、その折で、一生懸命生きてきたわけだ。
だからこそ、今があるわけである。
これから先、この人生の波、どう出て行くかだ。
まあ、先は見えないが、だからこそ、期待も希望することも、夢を持つこともできるわけだ。
ゴールが分かってしまったら、逆にこれ、ガッカリすることもあるであろうし、つまらないという風になるかもしれない。
先は見えないからこそ一生懸命人生の波乗り越えようという風にするわけである。
そこで、まずもって確信というものを、しかりと持つことが大事だ。
確信というのは、確実の確。
確実に信じるということ、もう決めてしまうわけだ。
ここで、実るという風なる事。
実に、この実るというのは、見ての通り、ここにも、ウ冠に神幽現で、人と書くわけだ。
せっかく、人生実りの秋に、それぞれに実をならせるが、それこそ、そのまま落ちて、腐ったる実。
まだ、枝に付いているが、青いままの実。
赤く熟して、美味しそうな実と、それぞれ色々とあるわけであるが、これ、それこそが、何事もそうだが、三界に渡っての、確実の実。
人は天からの賜わり物で与えられているわけであるから、何一つ作り出すものは一つとてないわけだ。
それを利用したり、作り変えたり、ハハハ、遺伝子操作したりしているわけだが、これ、確実なる夢実現化へと、もう心をそういう風に決めてしまう。
不可能の壁はない。
思考通り、言葉通りになる。
否、そういう風になりやすいのが、今年である。
嘘のような本当の話。
本当のような嘘の話もある。
考えられないようなことが起こってくる中において、これ、自分の夢だって、そんな大層な夢という風に、せせら笑えるぐらいの、大きな夢を持っている者。
否々、可能性は十分にある。
天はそれを知らされて、審査をする。
Aという者が、あることを希望している。
そうか、では、傍にBという者、そろそろ縁を繋いで事起こさせようかとなる。
そうすると、その繋がりで、地上界では地上界でうまくいくということ。
このようにして、上ではそういう風に繋げているわけだ、うん。
否、過去世でも同じようなる繋がりの縁で、来ているわけだ。
実にそうなっている。
だから、まず思考というものは、天に行くわけだ。
そうして、天が実現化するか、否か、決められるわけだ。
それがもし、人救い、世救いのためならばという風なること、これからはそういう思考の持ち主の夢実現化が増えてくる。
否、そうなっている。
今まで通りにはいかないのが、逆の者たち。
人救い?世救い?とんでもない。
人は自分のために動かし、世は自分のためにある、というようなる者たちは、除外。
今まではうまくいっていたが、それはそういう時代だった。
もうこれからは、善の想念の者は、上へ上へと届き、悪なる想念の者は、下へ下へと落ち、そういうことが二極化なわけだ。
天国界に繋がるものは、担当、天国の使いの者たち。
いわゆる天使たちだ。
地獄界は、言わずとも分かる、悪魔たちだ。
このようにして、天の使いは、もともとそういう風に、その者の想念に合わせて、どちらか片方を担当させるわけだ。
それが実にこれ、毎度毎度変わる者もおれば、ずーっとあまり変わらない者もおるわけだ。
それは、どういうことかというと、調子のいい時だけは、人に親切。
まあ、それも、目論みがあって、そういうことやる場合は、あまりいい点はもらえないが、実に誰も見ておらないところで、悪い事。
まあ本当に、コロコロコロコロと、人の目を気にしながら生きている者。
まあ、こういった者たちは、もう二極化されたわけだから、そうそううまくいかなくなってくるわけである。
真面目、とにかく真面目。
誰も見ていない所こそ、真面目。
そういう、陰徳を積む者というのは、最高に霊層界高い者だ。
陽徳は、当たり前だ。
人の見てる所で、一生懸命、例えばお掃除をしている者がいる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
陰徳というのは、誰も見ていない所でのお掃除。
誰から報酬もらえることもなく、例えば、山や川、海などでゴミを拾ったり、そういう風に一生懸命、世のため人のために尽くす人である。
どうも損得勘定というのを、人は間違えて考えておる者が中におる。
得をしただと?
何を得をした。
ああ、お金拾ったのか。
それで?
届けなかったんだな、うーん。
そうして、得をしたと思っている。
もし届けたら、ありがたい という風に、感謝されるわけだ。
本当にこれ、徳川家康の徳と、得るだけの得の違いというのは、実に神からの天数として、ハッキリと示されるわけだ、うん。
悪人というのは、考え方が、人の物を奪ったり、そういうことで得をした。
そう思い込んでいる。
まあ、あちらの世界は分かっておらないから、こちらの世界だけでは分かりにくいから、本人はうまくいったと、ほくそ笑むわけだ。
それが又、癖になって、やめられない。
真面目に働くなんて、思ってもみない。
そのようなる者、まあ言わずとも分かるであろうが、あの世に帰った時は、どちら行きというのは、言わなくても分かる。
ここでハッキリ申すが、あちらの世界の方が、うんと長いし、今回地獄界に落ちたら、えらいことになるから、本当によく考えて行動するべしだ、うん。
普段、口にすることの中で、夢を語るわけだ。
何々を完成する、完成する、世に広めるというようなることだ。
それはもう、神に届き、
「そうか、そういった思いで、そのようにしたいわけだ、うん」
神はここで、まずもって振り分けるわけだ。
実現化させるか、否かである。
それは大愛をもってくるわけであるから、そこで実現せずとも、違うところで、これ、導く場合もあるわけである。
だから、一概には言えないわけだ。
しかしながらも、今年は本当にこれ、この思考が大事。
諦めずに、前に向かう、向かっていく。
毎日のように、まるで称えるように繰り返す。
そうして、、言葉だけではなくて、勿論実践していく、うん。
オンリーワンの夢実現化させよう。
今日は、何の数霊?
タケル「32です」
十二単という言葉もあるが、一年は12ヶ月だ。
一二、一二、一二カ月だ。
これはひと月ごとの計画というもの、立てていくと、まあ一年でどれぐらい実現化させたかなという風なること。
期限を決めて、ある程度計画していく。
ざっくばらんに、丸一年の計画というのもいいであろうが、そのように細かく計画していくことも実現化の妙法だ。
三十二という数霊は、神幽現、そうしてこれ、十二というのは、これこそやはり一年の節目に当たるものだ。
一年は、あっという間ということ。
一カ月一カ月、その月その月のエネルギーというものが、また違うわけだ。
今度は三月がやってくる。
実る月なわけだ。
それに向けて、頑張っていくべし。
今日は、何日?
タケル「27日です」
うーん?
またこの33分ですか、神様。
私は、日の神。

日の神様    2019年2月27日 夜11時11分~11時33分


テーマは昔、昭和。
手作りの時代、おもてなし、思いやり、人付き合い。
昔ながらの昭和の、その時代は本当にいい時代だった。
それを表現したのが、猫町ですけど、ニャンとも言えない、猫の愛くるしさ。
着物を着て、まるで人間のように二本足歩き。
しゃなりしゃなりと歩いている着物姿の女性。
「ああ、いらっしゃい、いらっしゃい」
魚屋さん、声をかける魚屋の親父。
色々とそういった、昔ながらの佇まいを、猫の世界を表現、うん。
頑張っていきましょう
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時36分