主晴

『人生は砂時計』

8の数霊はメビウスの形、無限大に広ごりて、もって砂時計も同じ形である。
黄金の砂時計は、まさしく輝ける人生の証。
どんな事が起ころうとも、全てを良しと受け止める謙虚さ、ス直さが、日々を黄金に輝かせる。
逆に、墨色の砂時計は、それこそ人生に泥を塗った証。
どの様に神が導いても、全てを悪しと受け止める愚かさ、我と慢心が、日々を墨色に曇らせる。
いわゆる、感謝で生きるか、不平不満で生きるか、想念の違いにより住んでいる世界感が違うという事。
この世での天国か地獄かは、本人次第である。
また、まっ黒なる墨であっても、澄み渡るのスミに、いくらでも変える事が出来うる。
なぜならば、人は皆、元々は曇りひとつない、澄み渡った魂だからである。
元還りせよ、気付けよ、戒めよ、心正せよ、昇華せよ。
そうして、あらゆる現象を展開しているのは、天界からきているという事。
全ての現象界は「神のお計らい」であり、必要あって起こされ、何ひとつ不要なものは一切起こらない。
だから、その神(真)髄、神理に気付き、何を修正するか、一瞬一瞬の想念の建て替えが素晴らしき人生を築きあげる事が出来る。
己が人生を、少し位の風で吹き飛ぶようなワラの家にするか。
それより丈夫そうな木の家にするか。
もっと丈夫そうな煉瓦の家にするか。
それでも大地震なみの事態によっては、一瞬でそれらは崩れてしまう。
なぜなら、見かけや上辺だけ丈夫にしても、つまり現実的な物の考えではついていけない時代が到来したからである。
だが、これからは神理を知り、悟れば、どの様な事が起ころうとも微動だにしない、黄金のピラミッドのような想念界を築きあげる事が出来る。
それは、一瞬一瞬の想念が黄金の砂時計となって確立する。
黄金のピラミッドとは、神仕組みの形霊。
さあ、黄金の砂時計がいいか、墨だらけの砂時計でいいのか。
選ぶのは自由だが、あの世(霊界)に帰った世界も同じだから、それを忘れずに。

jpeg 砂時計金と墨