日の神

己れの中の悪を吐き出す事が、想念転換なり

ポンプの様に、吐き出す毒素、ま、体内のあらゆる毒素というもの、排出させる。
それが、一つに咳があるが、これ、悪想念も同じ様にポンプで吐き出す。
この様な妙法は、何だと思う?はい。
タケル「……浄化です」
ま、浄化が吐き出す訳であるから、所謂、悪想念を吐き出す、うん、妙法は、ま、それは、想念の転換である。
まずもって、自分の中に悪を見い出し、ま、それが、そのままで良いのなら構わぬが、自分を少しでも高めよう、人格を高めよう、霊格を高めようと思うのであれば、これ、自分の中の非なるもの、それを、まず認める事から始まる。
自分は完璧ではない。
それはそうだ。
完璧な人間など、一人もおらん。
前も申したが、神は、完璧を求めている訳ではない。
それは、無理な事である。
であるが、高めようとする思いというのは、大事なことな訳でありて、これ、少しでも、今迄よりも、一歩でも二歩でも、一段でも二段でも、上へ上へという風に改善しようという思いが、これ、大事なことだ。
そのままで良いとなれば、そのままだ。
うーん、成長無し。
まずもって、ここで、自分は、ま、完璧だと思い込んでいる者は、成長無しだ。
自分が全て正しい、周りが間違っている、自分は偉い、周りは劣っているとなると、これ、話が進まない訳だ、うーん。
それを、一言で「横柄」と言い、「愚か者」という訳だ、うーん。
「愚か者」というのは、降ろされるから「降ろか者」でありて、これ、「高飛車」とも申す。
そこでだな、自分の中のいらないと思う様なところを見い出せば、これ、では、どの様にすれば、その様な陰から陽への思いに転換出来るかという。
それは、スイッチポンで、簡単に出来る者と、なかなかもって難しい者といるが、まず改善をしようと思ったところで、そこが肝心な訳であるから、これ、努力次第で変える事は可能だ。
性格は変わらぬが、マイナスをプラスに変える事は、変えれる訳だ。
所謂、それを「想念転換」と申す。
もって、感情を切り替える事を、この前伝えたが、「感情転換」と申す。
この感情転換は、今迄もし、己自身が短気だった場合、こと起これば直ぐにカッとなりやすかった訳であるが、そこでグッと抑え、落ち着いて判断し、もって穏やかなる感情へと切り替えるという風な訳だ、うん。
まず、落ち着いて考える事だ。
一瞬でそれは、出来る訳である。
一旦、落ち着く訳だ、うん。
直ぐに反応するから、瞬間湯沸かし器になりかねない訳でありて、これ、そういう性格の者は、その様にすれば良し。
一旦、お湯を冷ますんだ。
瞬間湯沸かし器のヤカンがあったら、止めるの。
ピーピーピーピー、ピーピーピーピー、鳴らしてないで、そして少し冷めてから、お茶を入れるとおいしい訳だ。
熱いまま急須に入れても、お茶はおいしくないであろうという風な事になる訳である、うーん。
程々、温度程々、思い程々だ、うん。
そうすると、旨し旨しのお茶が飲める。
旨し旨しの感情に切り替えれるという訳である。
じっと、目を閉じて、まずもって自分の性格思い起こし、ノートに書いてみるが良い。
こういうところがあるとな。
そうすると、いいところと、そうでないところが、ハッキリと分かる訳だ、うん。
そうしては、一つずつ、改善しようと努力する。
それが、想念向上となる訳であり、人格上がれば、霊格、当然上がる訳でありて、もって霊層界アップとなる訳だ、うん。
霊層界、高まれば高まる程、これ、神の御意図(みいず)というもの、賜わる訳だ。
それは、そうだ。
富士の山頂目指せば、これ、神のおわす神界へ、近くなる訳である。
所謂、霊層界高まるという事は、神界にドンドン近付くという訳である。
神の世界だ。
智情意(ちじょうい)、人にこれ与えておるが、人はそれぞれ持ち会わせるものは皆違う。
智情意の智(ち)というのは、智るという事。
どれだけのものを知り得るか、一生の中において皆違う。
これ、この智るという事、智識であるが、幾ら豊富であっても、間違った事、智識とするならば、これは逆である。
逆法となる訳であるから、これ、正しき方、日の神の教えの智識を得るのであれば、正しき正法に人生開花となって来る訳だ、うーん。
であるから如何に、神の教えを賜わう事というのは、ありがたき事かとなる訳である。
そして、智情意の情、情け、この前、情けのは無いは伝えたが、まあ昨日であるが、有情と非情だ。
情けがあるか、無いかで、人格そのものが大きく違う、うん。
そして、この智情意の意、意志だ。
自分の意志というのは、自由にさせておる。
であるから、プラスの事もあれば、マイナスの時もある訳だ、うーん。
「あっ、しまったな。あんな事言わなければ良かった」、「ああいう行動しなければ良かった」という風に、反省する事ある訳であるから、これ、まだ、反省するなら良し。
マイナスの想念になりきってしまった場合は、これ、まあ、本人はマイナスと、まずとっておらないだろうがな、となる。
悪さしても、それが正しいとなって来る訳だ。
「勝手だろう」、「自由だろう」、「ふざけるな」という想念界であるから、どうしようもないという風に手に負えない訳である。
自分を正当化する。
勝手なる想念にて、右往左往しても自由だ。
「俺の自由だ」と、なって来るんだ、うーん。
まずもって、今、これからの時代、悪は一掃されて来る訳であるから、これ、お掃除が始まっておる訳であるから、まあ、間に合えば良いのだがなとなって来る訳だ、うーん。
とにかく、今の自分のままで良いのか、神の教えを賜わりて、少しでも神に近付こうとするのか、堕落した人生、送るのかだ。
自由なり、ハハハ、うーん。
自分が高まれば、自然に周りも高まって来るという風に、良い兆しという、これ、周りは似た者同士となる訳であるから、波長の合う者、合わぬ者という風に振り分けられているのが、現状である。
特に、ハッキリと二分化されて、今はこの振り分けが、ドンドン起こって来る。
自然と、否、相手、神がそうさせている訳だ、うーん。
今迄、仲良く付き合っていた者も、これ、波長が合わなく無ければ切り離すという訳だ、うーん。
そこに、別に相手を憎む訳でも無し、蔑む訳でも無し、否定する訳でも無しであるが、これ、合わなくなって来たという風に、波長、これ同調している者が、今周りにおる者だ、うーん。
必要なものが目の前に起こり、目の前に与えておる。
まあ、家族は変わらぬが、友人、知人というのは、常に変動する訳だ。
だから、目の前の者たちを見れば、だいたい、自分の霊層界というものが見えて来る、ハハハ、うーん
大概、同じ様なレベルであるし、レベルが変わって来たら、これ、変化が起こるという訳だ、うーん。
意味嫌って切り離すのでは無い。
切り離すという事をしようとするものでも無い。
それは、自然に起こるものは、これ、神がそうさせておる。
自分がそうしたいのであれば、そう思うという意味合いがあるという訳だ、うん。
人との縁を気に入らぬと、直ぐに切り離す者がいるが、これもどうかという訳だ。
せっかく与えたる御縁である。
そういう思いの者は、自分もそうされる訳だ、うん。
そういう情けの無い事をするのではなくて、これ、自然に起こる、委ねるという風になると、穏やかにこれ、治まる訳である。
所謂、波長だ。
「引き寄せの法則」とあるが、神は、この「引き寄せの法則」というものを、常に遣うており、もって、必要な事を起こさせている訳だ。
良きにつけ、悪きにつけだ。
否、良き事だけだ、本来はな。
ただ、良し、悪しと、人間が受けているだけでありて、これ浄化があるから、良し良し良しの法則なのである、うーん。
それが、宇宙の法則だ。
今、病貧争災で、何かしら苦しんでおったりする者も、浄化の為に、カルマの清算の為に起こしておる訳でありて、これ、そこで、感謝とお詫びであれば、不平不満よりも、早く乗り越える事が、出来うる訳だ。
必要ありての事だ。
神は人を憎むものでは無し。
神は誰一人とて、「神の子」として愛し賜う。
であるからこそ、悪さをすれば叱るのは、当たり前の事。
今迄積んで来たカルマ、それを清算させるのは、神大愛から来ている訳だ。
だから、病貧争災、ありがたく受け入れ、もって憑いておる御霊たちにお詫びをする事だ。そこから、霊障解消というものが生まれる訳である。
であるから、如何にこれ、霊的に捉えるかが大事になって来る訳だ。
全て原因は、自分にある。
それが釈迦が申した「因果応報」だ。
そういう風に捉えるのが、神の学校、優等生である。
ああ、例えて言うならば、カラスが悪い訳ではないが、カラスは大事なる可愛い鳥であるが、色、真っ黒な色のカラス。
ま、枯れるという「枯らす」(カラス)という言霊も付いておる訳であるが、これ、このカラスの様に、真っ黒なままでいいのか、少しでも自分を高め、人の良きところを賜わりて、一つ一つ綺麗な羽を受け、やがては、孔雀の様な鳥になる。
この孔雀は、まさしく天界におる、はい。
タケル「日の鳥」
そう、日の鳥のこの神界におる「鳳凰」、まあ、「フェニックス」とも呼ぶが、日の鳥はまさしく日の鳥、日の神の使いであるが、これの現代におる鳥が?はい。
タケル「孔雀です」
となる訳だ。
であるから、この様な美しき鳥、羽の先を見ると、目になっておる。
ほうおう、ハハハ、まさしく宝珠の形で、中が神の目となっている訳だ、うーん。
あの形、あれはオーラの形でもある、うーん。
この様にして、鳥で言えば孔雀の様になれるよう、良くする事が肝心だ。
タケル「はい」
これ、天界の鳳凰は、勿論、現実に存在する。
その泣き声というのは、なめらかな、軽やかな、美しき泣き声である。
いつぞや、赤羽観察公園で、タケルとこの者が、聞いたあの声、まさしく日の鳥である。
赤羽は「日の鳥」、そういう意味を持つ所だ。
タケル「はい」
うん。
日一日、綺麗な羽を付ける事。
タケル「はい」
私は、日の鳥の使い。
日の神、ハハハ。

2017年1月19日 朝6時49分~7時18分 日の神様