日の神

心の「三毒」、「貪」(とん)、「瞋」(じん)、「痴」(ち)

本日は、特別、夜になったという事で、夜の10時10分から開始する訳であるが、充充(じゅうじゅう)という数霊、十十(とうとう)、父(とと)の数霊である。
又、これは、神が認むからなる訳でありて、最も大事なる数霊である。
十月十日(とつきとうか)と申す。
はい、お腹の中の子供は?
タケル「はい、十月十日(とつきとうか)」
うーん、これ、偶然であろうか?ん?
十月十日(とつきとうか)という風に、日の神、月の神、という風になる訳であるから、これ、所謂、火と水、十字に組みての夫婦の愛にて生まれし子供、大事なる子宝と申すが、お腹の中、十月十日(とつきとうか)宿ればこれ、それが所謂、目安として体内で育ち、もって生まれて来る訳である、うーん。
やはり、この数霊、素晴らしい数霊となる訳であるが、今日は、所謂、「想念毒」から生まれる、これ「悪想念」であるが、その中で最も代表なる「心の毒」と呼ばれているのが、「三毒」、大まかにであるが、ある訳である。
この三つなる毒素というもの、申すはこれ、何かと申すと、「貪」(とん)、これ「貪(むさぼ)るの心」。
今の自分に満足せず、他人(ひと)の物まで奪い取ろうとする、これ貪るという思いであるが、果てしなくこれ、ハハハ、欲、欲、欲にて、他人(ひと)の命、金や物などを奪い取る事である、うーん。
よは、満足し得ないという事でありて、これ、他人(ひと)の事など、どうでもいいという訳だ、うん。
次に、怒りの、所謂、「瞋」(じん)、これは「怒りの心」、所謂、子供が悪い事をしようとしたりしたとして、叱るという風のではなく、自分の真なる、勝手なる怒りの思い、許せないという風に怒鳴りつける心で、まずもってこれ、他人(ひと)の意見など聞き入れずして、カッカカッカと煮えたぎる程の恨みを持った想念という事だ。
次に、「痴」(ち)、これは、愚痴の心、所謂、愚痴と申すは、不平不満から起こりて、これ、相手を非難、批判する思いでありて、もって、ま、大概は本人の前ではなく、陰口、悪口という風な行為をする者である、うーん。
この「貪」「瞋」「痴」という心が、「三毒」と呼ばれているものだ。
まあ、一つだけの者もいれば、三つ揃うておる者もおる訳でありて、これ、ハハハ、然しながらも、少なからず、心のどこかにこれ、普段は平静であっても、事の場合によりては、自分にとても、起こりうるやもしれぬという心である。
何もこれ、他人(ひと)ごとではない。
他人(ひと)の事を言ってる場合ではないのだ、となる訳だ。
飽く迄も、自己反省する為に、神の教えというものは存在する訳だ。
他人(ひと)を直せなど、一行たりとも、私は申しておらぬ。
他人(ひと)は、神が使(つこ)うておると何度も申すが、これ、神試し、神鍛えの為に使うておるのだ、うーん。
それを、いい加減に悟らなければ、いつまでも、これ、いつまでも、ああでもない、こうでもないと、この三毒の想念、生まれてしまう訳だ。
この毒素、心の中から湧き出ずれば、これ、「濁微粒子」となって、勿論、体に影響して来る訳だ。
もって、御魂も当然、一瞬にして汚れる訳である。
あーあ、折角、ガラス窓、心のガラス窓を磨いていたのに、一瞬にして真っ黒な墨で吹きかけた様な状態という事が、この「三毒」だ、うーん。
であるから、日頃から、瞬間湯沸かし器の思いではなくて、これ、落ち着いて考えるという事だ、まず。
そして、行動に移す、言霊を話すという訳である。
グッと、腹が立ちても、抑えるのだという事で、それが、霊層界、高しになれる一歩であるという事である。
言われたから直ぐに反応するというのが、失敗の元という事でありて、これ、否、これも出来た人間であれば、そうカッカカッカしないである訳であるから、これ、うーん。
まあ、人格、霊格だなという風になる訳である。
心の曇りが、体と御魂の曇りになる訳の、この三位一体なる自分というものであるならば、なるべくこれ、この三毒生まれない様にしなければと務める事だ、うーん。
それで、霊層界、どの辺かな?というのが、目安となる訳だ。
自分はどの辺か、直ぐ分かる。
まず、この三毒の想念になりきっている者は、勿論、最下位。
本人は、そう思うてないであろうが、まあ、俺が一番だから、俺が偉いんだから、俺が正しいんだから、なっている人間こそが、これになりやすいんだ。
所謂、謙虚の反対、ハハハ、正反対、うーん。
それは、何?はい。
タケル「我と慢心」
そうだー。
この、慢心という事。
それで満足、あーあとなる。
何にも成長無し。
ガアガアゴネゴネ怒りまくって、ん?
単細胞っていうんだ、そういうのは、簡単に申せばな。
多細胞でなないだろうという風になる訳である、うーん。
人間は多細胞の筈だがなあ、タケル。
タケル「はい」
アメーバじゃないんだから、ハハハ。
まあ、最もアメーバは、悪想念を抱(いだ)く事は無いがな。
ま、所謂、体から入る、これ、食べ物、飲み物、空気などの毒素が入りて、体が毒化は勿論であるが、心の毒化がこれ体の毒化現象なるというのを、いい加減にこれ、悟らないと、まずもって、カッカカッカ来る者は、まあ、毒素をの言葉を、態度を吐いている訳であるから、これ、その空気界は一瞬にして汚れ、自分の御魂も汚れる訳だ。
そしてその場合、相手が、もし霊格の高い者であれば、まったく相手は影響する事、無いという訳である、ハハハ。
そして、ブーメランの様に返って来る訳だ、うーん。
であるから、悪想念、もし生まれようというきっかけか何か起これば、これ、まずもって先程申した様に、一旦据え置き、落ち着くという事だ。
もって考えてから、言動を起こしなさいと言う事。
そうすれば、少しはマシなる反応が出来るであろうという訳である、うーん。
まずもって、この「瞋」の「怒りの心」というのは、血管が一瞬にして収縮、体が固くなり、まずもって、後頭部が固くなるという風な現象が起こりて、この後頭部という体の一部は、所謂、後ろの首筋の事であるが、これ、ガチガチに固い者は、ま、短気な者、頑固な者が多し。
やわらかい者、おだやかなる想念がおりておる訳で、そして、その後頭部に「霊障」というものが影響して来る訳だ。
所謂、後頭部の固い所に、霊は繋がっているという訳であるが、これ、又、その霊の辛い所や痛い所、怪我した所などが、本人に影響して来るから、そこに、まずもって繋がりて、もって、霊が障(さや)りの時に、その後頭部に移動し、もって、影響して来る訳である。
所謂、コントロールされる訳である。
それが、「霊の障り」と申す、うーん。
何もこれ、重病なる方々以外にも、多くの者たちが普段にて、その様な現象を多々起こる訳である。
急に例えばイライラしたり、急に悲しくなったり、急に笑い出したりと、何か自分では無い様な感情が湧き出ずる場合は、この霊障が原因となる訳だ、うーん。
前にも申した様に、霊障は誰にも持ち合わせているから、これ、自分だけが誰も憑いていないというのは無い訳でありて、これ、少なからずとも、輪廻転生中、何度も何度も、自分には身に覚えなくても、人を苦しめて来たという事であるから、この霊障を使いて、神はこの今世という間に、修行を与えておる訳だ。
その御霊も、本人にもだ。
同時に修行を与えるのが、カルマと申す訳だ、うん。
それは、神が仕組んでいる事だから、これ、絶対なる宇宙の法則でありて、それは、だから不幸というのでは無し。
この修行、必ずや、乗り越えれる事が出来うる修行しか、神は与えておぬ訳である。
それを、真勝手なる人工的なる治療にて行うから、とんでもない結果が生まれて来る訳だ、うーん。
では、どうすればいいかとなるが、これ、それは神の光と教えにて、救われる妙法というのはある訳だ、うん。
これも、正しき法則(のり)にての、人救いとなる訳であるから、これ、多くの者たち、色んな者が人救いに立ちあがっておるが、正しき神の救いにての方法でなければ、又、逆な効果になりかねない訳であるから、これも飽く迄も、「波長」、「巡り合わせ」、「縁」となる訳だ、うーん。
この者、レムリアンテクノロジーヒーリング、人様に光を施す時は、必ず私がアドバイスをする様になった訳である。
いつからだ?はい。
タケル「……」
いつぐらいでも、よし。
タケル「はい、えーと、2014年の5月24日」
それは、私が
タケル「違うなあ」
じきじきこの者に、教えを降ろすという、
タケル「そうですね」
浅間神社の日の神の宣言である。
うーん、そんなに昔ではない。
タケル「はい、昨年、昨年だ」
うーん、そうだ。
タケル「昨年の何月頃だったかなあ?」
ハハハ、節目の?2月、
タケル「2月4日」
そう、まあ、その節目から、じきじき私が、その者、その者に、教えを降ろす事にした訳である。
それは、どこまでも縁というもの、うーん。
もって、憑いておる御霊に、私が悟す訳である。
いずれにせよ、どこまでも縁。
神と人、勿論、縁が繋がっておるから生きている訳であるが、近いのと遠いのが存在する訳だ、うーん。
所謂、御魂の古い者は、私と縁があるという事でありて、これ、いずれにせよ、霊界の者も、現界の者も、神の光と教えしか、救い方法は無しだ。
一瞬色んな方法で、楽になった、救われたいう者もおるがこれ、いそれはそれで奇跡であり、然れども、本当に御霊がキチンと悟り、お詫びし、もって救われるのは、日の神の救いしか無い訳である、うーん。
これが、本当の救済というものだ。
タケル「はい」
御魂、一人一人、今、憑依霊として存在している者たちも、地縛霊としておる者たちも、又、あの世にて地獄界におる者たちも、どの者も初めは、美しい御魂であったという事だ。
それを、何度も輪廻転生繰り返すうちに、これ、その様な修行の場にいるという事になっている訳である。
又、この現世においても、善と悪の者が二種類おり、悪なる者は、当然これ、地獄界に通じている訳であるから、一日も早く改善出来うる者は、改善していく様にせねば、あの世に逝ってからでは、もう遅しとなる訳だ。
所謂、地獄界、これ幾層にも上から下まで、色んな世界がある訳であるから、これ、そこに決定付けられる訳だ。
だからこそ、改心、改魂が大事になって来る。
もう、悪想念はよさんかの、10時43分。
私は、日の神。
救いの神なりよ。

2017年1月20日 夜10時10分~10時43分 日の神様