日の神・主晴

自らの人生、共存という「共」か、競争の「競」か

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年一月八日

こんばんは、よろしくお願いいたし、ますます、色んな事が起こってくる、ハハハ。
急な展開という事は、よくある事だ。
物事というのは、急にハプニングと申すが、ドカーンと大きな荷物降りてくる。
又は、ジワリジワリと、荷物が寄って来る事、色々あるわけである。
まあ、瞬時瞬時の出来事というのは、「天界」が「転回」して、「展開」する。
んー、どういう字? となる。
天界が、はい?
次の字はどういう字が来ると思う?
タケル「うーんと、展開の展かな」
そうだなー、となる。
この展かな?
タケル「はい」
これか?
天界が展開する。
それは間に、この転回があるわけだ。
右回転か、左回転かという事なる。
これが実に、天界は、この展じて開くという風なる、まあ展示会というのがあるが、そして開催するという開もあるが、この展開。
いわゆる、申すまでもなく、これは左回転右回転で、救いのSとなるわけだ。
逆はどうか。
右回転の者が、左回転に、これ救えるだろうか?となる。
これは、物をかけるフックに似ている。
フック船長の片腕に、この実は救いの手という事。
いわゆる、「フック船長になれ」と申す。
宝船だ。
出航させる船長、それはそのお宝とは、これから素晴らしい宝島へと出航だとする。
その船長、「救いの箱舟」のフック船長だ。
今、申したこれ、これが陽、そして、これがまさしく左回転。
これは陰、これは右回転。
力のある人が、弱い人を助ける。
お金の有る人が、無い人を救う。
自分でできる事を、精一杯、人の為に尽くさせて頂くのが救いなんだ。
何が相手が困っているか、辛い思いをしているか、それが分かったなら、できる限りの器の大きい船を出せという事なんだ。
大峠というのは、人それぞれだ。
テレビに 、ニュースに、マスコミに、大事件、大事故だけが、大峠ではない。
個々に与えている、与えられている、それぞれの大清算、大掃除、カルマというものを、今ドンドン、ドンドンと、これ、救いの為に、浄化の為に、開くの為に、日楽(ひらーく・開―く)。
つまりは、カルマの扉が、大扉が開いたわけだ。
神の子、愛するがゆえの、神の大愛である。
神の愛は、申すまでもなく、この天意(あい)だ。
天の意志、天の意図の、この天意(あい)になっているんだ。
この愛も、この哀も、どちらも神の愛だ。
身内、家族の中で、又は親友、仲間、知人たちの中で、誰かの悩み、そういった事を、相談受けたり、又は耳にしたりとするならば、これ、それがサインだ。
他人事(ひとごと)に思う者、別にそんな親しくないからという風に、気にしない者。
知らない人でも、でき得るだけ親切にさせて頂きたいと思う者、又、実行する者。
人というのは、その持ち合わせる、今の器で、ちょっとした小さな親切でも、どれだけの救いとなるかという事。
これから肝心なのは、目に見えぬ救いも、それは、例え相手が気付かなくとも、離れていても、思っただけで、祈っただけで、神に通じては、これ、救わせて頂けるという事も、これからドンドン起きてくる。
何故なら、蓋が開いたからだ。
高次元に上昇するという事は、思いの世界が実現化してくる、しやすくなる、許されるとなってくるわけだ。
という事は、良き事も、そうでない事も、実現化しやすいとなる。
それも、神の大試しである。
目の前に、アンパン、おいしそうなアンパンだ。
そのアンパン、それしかないとしたら、自分だけが食べてしまうのか、相手の人と分け合うのか。
アンパン競争、まさしくこれからは、「共存」という「共(きょう)」か、「競争」という、競い合うの「競」なのかとなるわけだ。
共(とも)に、この共(とも)には、この友にだ。
友達を選ぶという、「選ぶ」という字は、この己己で共と書く。
選ぶ、どのお友達を選んで行くのか。
否、これは選ばされるといった方が正しいわけであるが、これ、いずれにせよ、御縁の中で出会っている。
そして、波長の合う者だけが、会うのではない。
どこまでも、これ、波長の合う者同士は、仲良くずっと一緒にいたいという風なる、繋がりを持つわけであるが、波長の合わないと思える者は、神、人を鍛える為に、カルマを霊障を通しては、これ、お互いの積んできた罪を、積み降ろさせる為の清算というもの起こさせる、御魂磨きの為だ。
どちらも大事なり。
自分にとって、良い人という間柄と、悪い人という間柄というのは、実は与えられるべくとしての間柄、御縁だ。
仲良しこよしだったら、御魂磨きにはならぬ。
嬉し楽し面白しで 、ワイワイワイワイ、ドンチャン騒ぎ、毎日やってればいい話だが、そんな事やっていたら、ハハハ、曇りというもの、悟らないし、どれだけのカルマを積んでいるか、分からないし、ましてや不幸不運をカルマと思うても、いない者も多いわけであるから、分からない者にも、キチンと清算している。
霊障という事、分かる者は、どれだけ、それこそ、いつの時代に、どの陽なる事で憑いておるかという詳しい事は、何度も申すが分からない陽に、殆ど出来ているわけだ。
三峰神社の「三・みつ」というのは、その密も備わっている。
つまりは、三位一体の三というのは、三つ、「密」だ。
神界霊界現界の三位一体なる世界は、「秘密」とされている、されていたというわけ。
この世界という事は、宇宙の法則根本であるが、分からない者、未だもって知らない者、知っても信じない者にも、三位一体の世界。
だから、いくらでも不思議な事、妙な事、奇妙な事、パラレルワールド、体験するわけだ。
あるから、体験する。
そして、それは、その者その者に与えているわけであるから、例えば A君が、パラレルワールドを体験した。
Bさんは、体験がないから、信じれない。
Cさんは、体験がなくとも、A君の言う事を信じよう、そういう世界もあるんだな、という風に思う。
人は、それぞれだ、分かりやすい。
体験が無ければ、信じない。
それは、それとして、そういう考え方、自由なりよ。
しかし、そういう者というのは、いつまでたっても、物的証拠、自分自身の実体験、それを真中心なる考え方。
まあ、昇華というものは、遅いか無いかに等しいとなる。
何故なら、これからの時代は、次元上昇、ドンドン速くなる。
それについて行けるか、否かで、昇るか、落とされるかなんだ。
本当にそうなっている。
この上昇のステージは、オーラの厚い者、光り輝いている者、明るい者は、守られているから、どの様なる事が起ころうとも、光のオーラ、フワーッと安全な所に移動。
これは、場所的に移動という事ではない。
いわれる奇跡が起こるという事だ、ハハハ。
同じ現象界が起こりても、逆の者、暗―いオーラの陰気な者、現実的な者、我の強い者、という様なる者は、まあ、クッションや壁が無いから、ドドーンとステージ落ちる時に、落とされてしまうやもしれぬとなる。
そのステージだ。
友人、又は、知人というのは、自分で選んでいるようでいて、選べるわけがないんだ。
だって生まれてから、この今迄、どれくらいの数、出会ったか。
その中で、自分が、あらかじめ分かっていた出会いというのは、あるであろうか。
オギャーと生まれて、初めて目にする、この世界。
父親、母親、そして兄弟、何も知らされずに生まれてきているわけだ。
自分で選んで生まれてくる、とんでもない。
どうやって選ぶわけだ、ハハハハハとなる。
全ては、神が選んでの選び子だ。
選んで来るなら、もっと真つ当な家族という風なる事だろうとなる。
全員が裕福で、何も困らない所へと生まれるだろうとなる。
ほら、カンと鳴った。
(ラップ音が鳴る)
天界の鐘がポンと鳴ったわけだ。
これは、縦軸、同じ様に、横軸、ラーメン屋の文様の模様だが、あれはそうだ。
あれは同じという事だ、ハハハハ。
まあ昔は、陰陽という言い方だが、こちらは正しく陽と陰。
地球上で陽と陰の渦巻き、はい?
なるとの?
タケル「鳴門海峡」 
そうだー。
そうだー、地球グルグルグルグル、渦巻き、鳴門海峡。
扉の門が鳴る、鳴らせる。
そうしては、左回転、又は右回転となる。
その相反するエネルギーが、十字に組むとなるから、左は、日が垂れる(日垂り・ひだり)で、太陽エネルギー、はい。
右は、何エネルギー?
タケル「月のエネルギー」
そうだー。
陽と陰の、二十字がありての世界。
宇宙の法則は、相反するもので成り立っているわけだ。
そして十字に組む事、んー、なわけだ。
十文字の渦だ、うーん。
これは、何?
タケル「十文字メビウス」
そうだー。
十文字メビウスというのは、左回転で右回転行って、又、左回転行って、右回転って事は、これとおんなじ渦巻きになっているわけだ。
知ってたかなとなるわけである。
同じだ。
同じ、いわゆる陽と陰のメビウスだ。
ほら、おんなじね。
ケルト文様、いわゆる渦巻き文様。
人は、そういう模様を見て、感動したり、懐かしさを覚えたりするものだ。
そういうエネルギーを、既に大昔から伝えられてきて、分かっていた事だ。
今の時代が遅れている、ハハハ。
まあ、遅れていない者もおる、ハハハ。
遅れない様に、遅刻しない様に、スタートラインは同じで、ゴールは近し。
スタートライン、御魂生まれてから、今、ゴール近しとなっていきているわけであるが、これ、どれだけの大荷物抱えているのかを、今のうちに卸す事だ。
だからこそ、いいか?
とにかく大いなる神の大愛(たいあい)から来る大峠は、ドンドンドンドンと大きい事、ま、小さい事もそうであるが、これ、大事(おおごと)と呼ばれることが本当に起こってくるが、大ごと、ごとごとごと、ごどごどごど、コットン。
いわゆる大事(おおごと)と受け止めるのは分かるが、如何に、それが大事かということが大事だ。
こういう体験も大事だったんだという事だ。
良き事は、こういう事とは思わない。
大事(おおごと)など言わない。
大事件や、大事故や、そういった事。
その様なる事を大事(おおごと)というわけであるが、これ、実に、その体験必要あって起こりては、これ、大事(だいじ)大事(だいじ)となって、その結果、もし、そこで学びがあったなら、成長したなら、改心したなら、改魂できる。
改魂が許されるわけだ。
そこが肝心、うーん。
本当に、これ、捉え方一つだ。
手偏に足と書いて、 足すと書いての捉え方。
いかなる場合にも、大峠の真っただ中にいても、ここが真っただ中か、どっちか、これ今、上も下もどっちかだ、ハハハ。
どっちにも行けるの、自由なり。
さっき申したが、救いというのは、心の器が、如何に大きいか、広いか、。
自分の事で精いっぱい、小さな器、こぼれ出る。
人の悩みなど、とんでもない、聞いちゃいられないとなるわけだ。
それじゃ救いにも何もならない。
いや自分も救われない、ハハハ。
だから、器を試すなりよ、うーん。
日々合格か、不合格かとなって、花丸か、0点かとなって、毎日毎日お試しのテスト用紙という風なる事だ。
んー、いつなんどき何が起こるや分からない、当たり前の毎日だ。
まあ、とにかく頑張っていこう。
基本中の基本の宇宙エネルギー。
「あんな人、会わなきゃよかったわ」のセリフは、「あの方がいてこそ、少しは悟れました、学べました、ありがとうございました」と言える様な自分になると、ステージがグーンと上がるわけだ。
わたしは、日の神。
今日は何日って、神様おっしゃらなかったなーとなるが、後はよろしく(49)、ハハハ。

日の神様    2019年1月8日 夜11時11分~11時49分

本夛君、今日は合格です。
タケル「ありがとうございます」
毎日そうだったら、素晴らしい、んー。
神様のとにかく期待されているから、鍛えられる。
汚れているから、磨くチャンスを下さる。
チャンスを下さるだけで、磨いてくれるわけではない。
自分の魂、御魂、汚れ、神様、消して、洗って、綺麗にしてなんて、とんでもない。
簡単に自分の罪穢、消せるなんて事、考えるだけでこれ、違ってるよという事。
よくありますね、そういう事。
誰々の所に行けば、悪―いそういったカルマを取って下さるからー。
そうではなくて、もしそこで救える所もあるとしましょう。
それは神さまからの、本当に良しとされた事ですけども、両方あって、脅かしてね、出て行けなんて事でも、奇跡が起こるんです。
けれども、また戻ります。
そうじゃないの、ね。
神様の光と教えというのは、本当に御霊さん自身が悟ってきて、あー、いつまでもこういう執着持ってちゃ、ね。
それが、「こうやって今世生まれて来なかったんだな。申し訳ない」、そういう風に思う。
そして、また本人ね。
「そうか、そういう霊障がったのか、申し訳ないな」っていう様に、両方ね。
神様にお詫び、お互いに、そういう風に反省。
そうしたならば、奇跡がドンドンと本当に起こってくるんですよ、うん。
本当の救いというのは、そういう事。
ですから、捉え方一つ、うーん、ねえ。
頑張って行きましょう。
タケル「はい」
うん、神様はね、数霊をよくこういう風に、一度一度聞かれます。
今日は何日ですか?
タケル「八日です」 
ほーら、本夛君、これメビウスでしょう。
8と言うね。
本当にこの 8 という数魂は、奥深いんですよ、ねー。
8ね、これ縦のメビウスだね、ねー。
縦のメビウスというのは、何度もね、伝えてますよね。
タケル「はい」
神様と人、ね、という風なる事なんですけれども、自分と相手もそうなんだわ。
さっきのね、救いの、グニュグニュグニューッてやるでしょう、ね。
それはね、Sっていう字は、こっちにこうやって左回転させてから、下は右回転するでしょう。
それで、Sで救いというね。
スペルSになっちゃうよね。
ほんとにそうじゃないと、自分が左回転じゃないと、救えないという形霊になっているんだよ。
いくよー、ね、これは逆ね。
逆の、今度こういう感じの最初、右回転だよ。
見ててごらん、ね。
こっち左回転、これ逆ね。
そうなちゃうと、右に回転ですから、ね。
こっちが陰な人ですよ。
こっちが陽の人です。
陰気な人が、陽気な人を救えるでしょうか、みなさんという事になるの、ねーーー。
これS じゃないじゃないですか、ね、という事になっちゃう、ねうん。
今日はね、あの11時11分なんですけれども、始まったのはね。
今日は何時何分になってるの?これは。
タケル「49分」
 なんだと思う?言霊、はい。
なんだと思う?
タケル「良く(49)なる」
おーー良くなると、聞きましたねー。
よくなるって言ったよね。
タケル「はい」
又、よろしくもそうだね。
タケル「はい」
だから数霊と言霊と音霊という学びでね。
神様は毎日こういう風にねを時間を聞かれておりましたけれども、はい、これからもドンドンと教えて頂きましょう。
スバルの釈迦。

主晴(スバル)様    ~11時36分