日の神・主晴

『必須の三大神、主神、日の神、月神』

【日神理神示(ひかりしんじ)】 - 平成三一年一月五日
『必須の三大神、主神、日の神、月神』

「もとのき」と書いて、何と呼ぶ?はい。
タケル「……もとのき?」
ハハハ。
(神様、元氣と書かれる) 
タケル「あー、元気か」 
うーん、そうかー。
「元々の氣」と書いての、元氣と呼ばせているのか、となる。
元は氣、この氣から生まれるわけだ。
神の氣、神気溢るる世界。
それは、この世は全て、この氣で成り立っているわけだ 
タケル「んー」
うーん、「宇宙に意志あり」と申すが、石ころでさえも意志ありだ。
タケル「んー」
ストーン、ストーンと落された石ころだ。
そして、それが返事をするから、」ストーン?
タケル「ヘンジ」
そーだー、となる。
ストーンヘンジ、ま、いわゆる古代の遺跡であるが、これ、世界遺産として、一般的に知られている遺跡と、世界遺産でなくとも、有名でなくとも、多く多く残されているのが、古代文明のお宝だ。
これ、世界中のあちこちに残されているわけだから、中には「オーパーツ」と呼ばれているものも、これは現代においても、まずもって難しいという風となる、理解不能となるもの、そう呼んでは、今の字時代の方が、高度だという風なる思いを、いつまでも持ち合わせている。
否、分かっていても今更、「後悔」する事を「公開」せぬと言うんだ、ハハハ。
タケル「(笑う)」
学者たち、諸先生方、ハハ、等々だ。
日本は、縄文時代から始まったらしいという風なる事。
又は、サルから進化したのが人間だという事、ハハ。
教育が、この「狂育」という風なる、同じ同じ言霊を使っているわけだが、正しき事が分かりても、信じない、証拠がない、学術的にそれが、王の墓という風なる事。
然れどもこれ、どうも、そういう事ではないらしいという風な事。
ピラミッドというのは、文字霊で言えば、(日来御堂・ぴらみどう)この様なる日の神、神々、いわゆるこれ、この森羅万象、宇宙というものの宇宙エネルギー。
それはまさしく、宇宙の神気とも呼べるわけであるが、ピラミッドの形霊は、一次元界から七次元界まで、「宇宙の仕組み」というものの形霊である。
だから、階段の付いているピラミッドもありて、一段一段とこれ、一次元、二次元という風なる次元、いわゆる異次元を相合わさりての時空間。
この世に居ながら、異次元のパワーを賜わるという仕組みになっているわけだ。
だからこそ、必ず奇跡が起こるわけだ。
人は、知らずして、ピラミッドを住居にしている。
それは、何?はい。
(神様、上を示される)
タケル「天井」
屋根だな。
▲(三角)屋根の絵を描かれる)
まあ、マンションは平らになっているが、家のこの屋根、まあ、こういうピラミッドの形の屋根というのは、なかなかもって、そういう意識をもって作れば、このピラミッドのパワーの中で住まうという風なる事ができるわけだ。
タケル「(感心する」」
やーねー、ではない、ハハハ。
タケル「(笑う」」
この異次元、高次元なるパワーを生かしての、例えば、こういう形で冷蔵庫というのを作ったらいかがかなとなる。
それはそれは、物もちがいいだろうという風なること。
又、冷蔵庫じゃなくとも、こういう箱を作って、食べ物を入れたり、飲み物を入れたりとすると、長持ちする。
細胞も活性化してくるから、長持ちするし、又、こういう建物の中にいると、長生きするわけだ。
丸チョンの神に繋がっているわけだ。
ピラミッド、これは元々見えない、天地創造の神様の姿は、目には見えない。
勿論、神々もこの現界からすればそうだが、姿がある神々、この天地創造のス神様は、姿なき神様であられるから、この様になっている。
まあ、こういうお山、はい?
(富士山の絵を描かれる)
タケル「富士山」
富士山は、勿論ピラミッドだ。
タケル「はい」
富士を拝するだけで、遠くから遠くから眺めるだけで、神氣みなぎるパワーというものを、御魂に繋がりては賜わるわけだ。
何故かしら富士、まあ近くにおるものは見慣れているやもしれぬが、これ、富士山を拝するだけで、心晴れやかなる満ち足りた思い。
それは、親神様が祀られているわけだ。
まあ、祀られているというよりは、ハハハ、神界に繋がりての日来御堂(ピラミドウ)だからだ。
それを人工的に作られているのが、ピラミッドだ。
富士山頂には、蓮、この形霊という事を伝えたる仙人が、戦国時代にいた。
タケル「はい」
そして、その教えは、当時その仙人が修行をしながらも、これ、神の降ろしたる教え、それを図にしては、又は書き留めては、未だもってその意味合い、弟子たちも分からずにいたわけである。
冨士講の教え、長谷川角行の話だ。
つぶやき天使、第一弾に載せたる、この角行の教え。
知る必要のある事のみを、神は教えで降ろしたり。
主晴(スバル)である釈迦に、繋がりての事であるから、本に載せたり。
蓮という花は、意味深し。
ハでス(主)の御働きを広ごるという風なる言霊。
草冠に、連動の連と書く(蓮という字の文字霊)。
御仏(みほとけ)の名を示したるが、これ、角行の教えなりよ。
その中においての、大日如来。
「大いなる日、来るが如く」と書いての大日如来だ。
神々は、色んな時代に、色んな呼ばれ方をし、さてさて、大日如来、どんな神かな?仏かな?となる。
仏は神ではない、神は仏ではないという風なる考え方、もう「神仏合一」だという事。
統合なる時代だ。
教えは一つだという事。
「必ず」の字は、何度も申すが、三大神の御働きがあるから、必ずだ。
(三つの点は、主神、日の神、月神)
どの時代も、太陽信仰という事。
月も、寂光、弱光あれども、日の光には違いない。
日月の神、そして天地創造の神、この三大神。
必ず、この三大神の目と繋がりてのカメラアイ。
右目は、何の神?はい。
タケル「月の神様です」
左の目は? 
タケル「日の神様」
第三の目は?
タケル「主神(スシン様)です」
この三大神の神が繋がりてのカメラ(神目開・カメラ)アイ。
だからこそ、汚きもの、醜きもの、悪いもの、等々目にすればこれ、瞳が縮まる。
美しいもの、清らかなるもの、素晴らしいもの、綺麗なもの、純粋なものを見ると、瞳が大きくなるわけだ。
見てられないから、カメラレンズ、縮まるとなる、ハハハ。
汚き心も、見てられないとなるわけだ。
心の綺麗か、否かは、目で分かる。
真か嘘かも目で分かる。
優しいか、厳しいかも、喜んでいるのか、悲しんでいるか、正直か、それがジ―ッと目と目が相合わさりての事。
まあ、中には分からない様にという風なる事、中にはおるとしたならば、それが、よっぽどの悪想念と、いい人の様に見せかけての悪人だ。
2019年は、そういう者さえも、必ずバレてくる。
否、神があからさまにの、この明るいという日月の神。
いよいよもって、心の天秤を計るわけだ、
今が一番貴重なる時、ハハハ。
罪、重たいまま背負って、あの世に逝くか、少しでも軽くしてもらって、あの世に逝くかだ。
どんだけの重―い重―いカルマの荷物は、自分では分かるはずもないわけだから、今の状態が心も体も、あらゆる事で掃除が始まっているから、否々、これから大掃除、本格化だ。
一年、年末の大掃除は、人間界、御魂生まれよりの、長―――――い、霊界と現界、全て相合わせの大掃除が、今だ。
今世は輪廻転生、色んな時代においてのカルマを、チョイスして与えておる、ハハハハハ。
そうそう、それこそ必要ありての事だ。
だからこそ、日一日を少しでも、心を綺麗にしていくという事だ。
今日は何日?
タケル「5日です」
今日は、随分早いなーという風なる事、思うのは、やはりこれ、一つの体験でも長いという事があったならば、そういう風に思うわけだ。
たとえ一時間、教えが降りても、もっと前に、長い時間、教えが降りたとしたならば、短いと思うわけだ。
体験から、人は思ったり、感じたりするという事。
衣食住、毎日毎日、当たり前の様に与えられている者と、人生の波が起こりて、色んな、それこそ住む所も、食べる物も、明日の事が心配だという者もおる。
体験から、人は考えるわけだから、実は苦労というのは、ありがたい体験だ。
苦しいという事、悲しいという事も、辛いという事も、寂しいということも、体験しないと分からないし、だからこそ頑張ろうという風に思うという事だ。
人の悩みを、いつも人ごとのように思う者は、まったくもって関係ないと思う者は、救いの箱舟にはならぬわけだ。
自分さえ、自分の家族さえ、自分の仲良しさえ、という風に自己愛のもの。
まあ、心の天秤、どういう想念の者が、想念高いと言えるのかという事を、それが今年の今年一年の貴重なる、まあ扉となる。
心の扉、非常事態なる事、ドンドン起こりての人生の扉を、明るく前向きに、善の想念で心開いては、真剣に「心の箱舟」となる事。
心の居場所の居、心という字は「ハい」と書く。
はい、自分の心掛け次第で、自分も周りの者たちも、天に「運ぶね」となるかどうかだ。
地に落ちぬよう、天へ天へと昇るべし。
元旦に見た日の出の様にだ。
(友人たちと日の出を見に、九十九里浜に行きました)
雲の合い間から見た、あのピカーッと光る、光のスイッチボタン、ハハハ。
あのスイッチボタンは、心のスイッチボタンだ。
雲の合い間からが、然も黒い雲の合い間から見せたりが、意味ありよハハ。
「今日の日の出、元旦の日の出は、雲があるから、昇るのが遅いなー」ではない、ハハハハハ。
全て全て天界ショーというのは、神が用意したる、与えたる、見せたるビジョンだ。
たまたま雲を空に描いたのではなし。
否、毎日毎日眺める空、晴れでも、曇りでも、どんな形をした、これ情景でも、全て見るもの、聞くもの、与えしものは、必要あって起こされる。
だから、日に寺と書いて、何時の「時」だ。
照らすわけだ。
毎時間、毎時間、照らしているわけだ。
そして、この「分」で、分けているわけだ。
照らしたからと言って、心が照らされるわけではない。
受け取り方の心の器で、照らされるかどうかだ、うーん。
御魂、ゴシゴシ磨けの 54分。
(54は、ゴシの数霊)
私は日の神。

2019年1月5日 夜11時11分~11時54分

雲、白い雲も、黒い雲も、雲は雲、だけれども、白い雲は、やはり晴れやかなる空だなー。
そして、その中でも色んな形があります。
「面白い模様だなー」という事や、「何かに似て、感動するなー」という事などだ。
神様は、この現界において、本当に神様の世界あるんだよーという事、ドンドンドンドンと増えてくるんです。
今迄は、そういった事、信じない、信じようとしない人も、不思議なる事、自分で体験したならば、本当にそうかもなーって思えてくるでしょう?
次元上昇というのは、そういう事なんだ。
神様が、見えない次元上昇というね、みんな上昇していっているんです。
だからこそ、その上昇に乗せて頂く事が感謝です。
「和の文明」に段々と移行しているわけなんだわ。
ねー、ありがたいでしょう。
そういう事なんですよ。
今日は、神様もね、この教えは、例えば何年何月何日、いついつどこでという風に、教えが降りた。
だけれども、それは、それぞれ、その人その人が見た日に、その時間に、必要あって目にするもんなんですよ。
神様の教え、「ああこれ、 一年前のか」、「二年前のか」ってね。
「古いやー」ではないの、ハハハ。
例えば、昔、友人知人がね、送って来た手紙やハガキ、年賀状などね、又、目にする事ってあるでしょう。
それで、ついつい読んじゃtったりするよね。
そうすると、又必要あって読ませているの。
そういう事なんですよ。
又は、何をしてなくても、フッと思い出した事とか、夢で見た事とか、そういうもの全てはメッセージなんだ。
何一つ、本当に無理無駄ムラというのは無いんだわ、ねー。
いつもいつも奇跡の中で生かされているっていう事なんですよ。
ありがたしですね。
タケル「はい」
はい、今日は、これでも早いって感じる、ね。
もうちょっとで、次の日にちゃうよ、ねー。
わたしは、主晴(スバル)、ハハハ。

~11時59分
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