日の神・松永亜鈴

健和富が、幸せの三拍子

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年一月二十九日

タケルは、何を書こうと、神がしているか、分かっておるなーとなる、はい。
タケル「参です」
ハハハ、この字。
(参と書かれる)
何を思うだろうか、はい?
トンチトンチだ、はい?
タケル「ムに大」
ムに大は?
タケル「無限大」
そうだー。
三位一体なる世界が、無限大となっている。
この世の中は、実にサンサンと輝く日のエネルギーを賜わりての、三位一体なるみ仕組み。
馳せ参じるの参、また生まれるの産、散々な目に合うの散、ハハハ。
タケル「(笑う)」
サンサンと輝くサンだ。
無限大というのは、限りが無いという事だ。
それを表す形霊が、はい?
タケル「メビウス」
横のメビウスと、はい?
タケル「縦のメビウス」
永遠に、この仕組み。
これは四つ葉のクローバーに似ているなー。
幸せの象徴だー、となる。
上と下、左と右、このみ仕組みというものは、相反するものが、まさしく十字に組むという風なるメビウスが、「十文字メビウス」となる。
無限大なる宇宙、果たして永遠に壁というもの、無いのであろうか。
限りなく、という限りが無いという事。
どこまでが神界で、どこまでが霊界、そして、どこまでが現界となっているか。
そういう事も、相即相入と申しては、相連動しているが、その仕組みは、こちらからは全く見当もつかない様になってはいる、うん。
しかし、神の教えでは、必ずこれ、影響し合っているという風に、神界から霊界、そして現界へと、その上から下に連動している順番だ。
神の仕組みがあるからこそ、こちら側は、仕組まれるという風になるわけである。
次元上昇の今は、不思議と思える事、多くなってきているだろうと、それぞれ、これ奇跡、又は奇妙と思える事を与えているが、そこで悟る者と、未だもって信じ得ぬ者、疑う者と分かれている状態。
神は、この限り、見限りというもの、もう見限るわけだ。
もう我慢も限界。
それが、七度目の最後の審判だ。
今迄は、永遠と言われている様に、生まれ変わってきたのが、また生まれ来れなくても、霊界におる者、霊界にいながら、現界の者と繋がっては、憑依、又は地縛霊という修行を与えられていると色々だが、これ、素晴らしき神世に近き文明を作るのが、初めからこれ、計画されていた事だ。
始まりの時からだ。
で、大まかなる地殻変動するぐらいの、大天変地異は、七度目だよ。
これから、これから、これから、それはみんな同じではない。
眠りながら目覚めたら、「和の文明」という者もおれば、ハハハ。
フタを閉められているのもおる。
本当に、これから、この差というものが、あまりにも大きい。
だからこそ、差取り。
今のうち差取るだ。
どれだけ、差取るかだ。
サトルというのは、どういう事?はい。
タケル「神様との差を取る」
そうだー、うーん。
そして、小さき吾ではなく、神との差を取る。
(悟るという字は、小さい吾と書く)
見返りになる前に、出来うる限り、想念を神に近付けていく。
お傍にお傍にお傍に、近付けていくわけだ。
いい事、そうでない事、正法、そして逆法。
両方を持ち合わせているのが、現代。
色んな事において、そうなっている。
二者択一となるわけであるが、これ、如何に正しい方を選ぶのが許されるかだ。
縁ていうのは、限りがある。
決まった面々となる。
そして、それに関わりては、物事も限られている。
だからこそ、常に常に正しき知識というもの、意識して、これ、入手しよう、学ぼう、知ろう、悟ろう(差取ろう)、実践実行しては、自分自身も、相手も、少しでも正しき方向に向かわせて頂く。
常に、正しい方を選ばせて頂く。
そこが大事。
神は、この世は、無理無駄ムラというものは、本来無しと申す。
一見その様でいて、実は敢えてそうさせる。
まあ、限界というものも、勿論ある。
皆が、天皇陛下になりたいと思っても、そうは難しいとなるがこれ、心の建て直しというのは、いくらでも無限大となっているわけだ、うん。
役目は決めれているから、そういう事は難しい。
総理大臣になりたいと思っても、まあなりたくないであろうが、これ、ハハハ。
限りがあるわけだ。
いい暮らしとは、何であろうか?
おおよそ頭に浮かぶのは、金持ちだ。
金があれば、自由、好きな物が買え、好きな事ができて、好きだ所に行ける。
それはそれは、至福であろうという風に思うであろうが、果たしてそれだけが、幸せなのだろうかとなる。
幸せとは 健やかなる事、和する心だ。
暮らしていけるぐらいは、富を得る事だ。
「鍵和富」(けんわふ)、これはスバルが昔、この現代に生きてた頃に、教えとして与えていた。
鍵和富の教え。
健やかというのは、心も健やかだという事。
真っ直ぐなる思いで、真ス直で、下座の行という事だ。
和する心というのは、これ、いざかいの様な事が、トラブルの様な事が起こったとしても、自分自身は、和する心を忘れずに実行する事。
そして、富は決してあり余るだけの大金持ちにという事では、全くない。
安心して暮らせるだけのもの、富を得る事。
心配のなき様に暮らせる事を、富と申す。
これが、まあ「幸せの三拍子」とあるが、それぞれ幸せだなあと思える事、皆違うわけであるから、 そう思える時が、光放つ時だ。
好きな事をするという事。
好きな食べ物を、食べるという事。
行きたい所に、行けるという事。
気のおけない仲間達と一緒に、お茶したり、お酒を飲んだりするという事。
等々、人によって楽しいと思える事、幸せだなと思える事は、色々だ。
心というのは、いつも柔らかく、がんじがらめでない様に、確かに色んな、この世の中というのは、規則規則規則という中に暮らしているわけであるが、心は柔軟性をもっていくという事だ。
柔軟性というのは、人に対して、その者に対して、相応でお付き合いという事だ。
小さな赤ちゃんに、小難しい話をしても、分かるわけがないとなる。
TPOとよく言うが、相手が何を望んでいるのか、どんな話なら聞く耳を持つのか。何を悩んでいるのか、何を望んでいるのか、何が困っているのか。
その様にして、相手に応じて、心を柔軟性を持って、 接していくという事だ。
それが、心を接するの「心接」(しんせつ・親切)と申すなり。
誰もがみんな、同じものを興味はない。
興味がない事を話シても、聞く耳は持たぬとなる。
本当はそんな話、聞きたくもないなという波動を出されると、せっかくの良き事でも、逆に相手は迷惑となるやもしれぬわけだ。
神の教えは正しいよと、自分で思っても、相手がどういう話を、これ、聞く耳をもって、聞いてくださるかという事だ。
分かりやすく、相手が興味を引く様な話から入らせて頂くという事。
臨機応変、相手に合わせる事だ。
心を接するの「心接」は、相手の心に合わせる事だ。
スポーツが好きな者、芸術が好きな者、それから、他にも色んな分野がある。
まあ、精神世界に興味を持つか、持たないかで、話し方を変えていく。
所謂、相手の心に、どこまでも合わせるわけだ、うん。
本当にこれ、大事。
十人十色、百人百色だ、ハハハ。
誰一人として、同じ者は、この世にはおらぬ。
それぞれの浄化が、本格化するが、これ、後ろに憑いておる者が、必死」だという事を、忘れぬ事だ。
早くに、なるべく早くに、霊障解消が許される様に、まずは自分のお詫びの気持ち、感謝の気持ちが、御霊たちにも伝わるわけであるから、体の浄化、心の浄化、そして魂の浄化。
全部繋がっている、これは。
全部全部全部、全部繋がっている。
体の浄化っていうのは、お風呂に入って、体ゴシゴシの事を申しておるのでは、勿論なし。
だから、これを、神がするとしよう。
風邪を引かせる、体の浄化だ。
魂は、誰がするの?
タケル「神様です」
そうだー。
心は誰がするんだ?
タケル「自分です」
そうだー、心だけ、自分になっているんだ。
ほらほら、風邪引きたくて、わざと引いたら、それは何もならない、ハハハ。
自然と頂くのが、体の浄化。
こう見てみると、心だけとなる、ハハハ、うーん。
自分が、自らがこれ、分けみ魂となって、色んな者たちが関わっているわけだ。
色んな時代の、色んな理由で関わっている。
そうしては、色々と浄化が起こってくる。
後ろに憑いている者たちが、救われていけば、自然に自分も救われるという、この順番だ。
だから、この者の心を、この御霊たちは見ているわけだ。
憑いている御霊たちを、憑依霊。
一人や二人という数では、全くない。
特に戦国武将は、一人そういう御霊が憑いていたら、後ろに、右にならえの家来たちが憑いている事が多い。
だからこそ、自分自身の心根を正しく、正す事、うん。
タケル「はい」
霊的に物事を考える事。
何でも、霊的だ。
起こる事、既に既にこれ、既という字は、即という風に字が似ているが、常に即対応せねばならんのが、霊的に物事を考えるという思考の持ち方だ。
「ああ、どなたかが、お辛い」
「自分自身が痛い所、苦しい所、辛い所が、御霊さん、もっとお辛いのだなー」
どの時代に、どの理由でというのは分からなくとも、
「あー 早く救われるといいなー」という思い。
それが、ものすごい肝心だ。
お詫びの気持ちというのは、ごめんなさいという思いは、ま、これで許せる者も中にはおるかもしれぬが、
「そうか、そんなに詫びているか。じゃあ、もう恨むのは、よそう」、という御霊も、多くおるわけだ。
だから、謙虚な気持ちというのは、大事だという事だ。
謙虚だ、謙虚謙虚、謙虚謙虚。
横柄の反対が、謙虚。
徹底した、お詫びの想念で、なるべく早く、浄化を乗り換えよ。
今日は何日?
タケル「 今日は、29日だ」
これは、何時何分?
タケル「38分です」
私は、日の神。

日の神様    2019年1月29 夜11時11分~11時38


同じ浄化を頂いている方、例えばこれを、例で言えば、風邪にしましょう。
風邪が、今流行っている。
一人は、全くもってこれね、現実的なる考え方の人だから、
「ああ、薬。病院行って、医者に診てもらって、薬もらってこよう」、ね。
「注射の一本でも打ってもらおう」、うん。
そういう考え。
そうじゃなくて、
「あ、体の浄化、今来てるんだな。風邪は寝て治せとなる。汗をたっぷりかいて、横になって休もう」
「食べたいものを食べたいだけ、飲みたいものを飲みたいだけで、ぐっすりと休めれば、元気になる」、という考え方。
本当に違うんだ。
風邪は、何度も私は、話してますけれども、毒素排泄の大事なる、これ風邪という症状。
敢えて、薬で止めてしまうから、毒は抜けないどころか、薬毒まで積んでしまう、ね。
本当に、そういう事になってしまいます。
出来うればね、風邪、感謝でね、寝て治しましょう。
タケル「はい」
(タケルさん、この日、風邪をひいてる)
はい、主晴(スバル )。

主晴様   ~11時42分