日の神・主晴

心の四柱を、しかりと立てよ

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年一月三〇日

何を考えているかな?ハハハ。
そうはいかぬのが、神の教え。
タケル「(笑う)」
よろしいかなの、四となる。
(四と書かれる)
実はこれ、仕組みの形霊というのは、確かに平面上は、三角形の形霊となるが、四角錐という風に、四柱(よはしら)となっているわけだ。
であるから、これ、建物というものは、四つの柱から成り立っての仕組みという風になっておるなりよ。
三角形の家じゃあ、住みにくいとなる、ハハハ。
畳も三角にせねばなとなる、ハハハ。
タケル「(笑う)」
というわけだ。
四隅というものがある。
四柱には、それぞれの役目という事であるわけであるが、これ、人の心も、柱というもの、ちょっとやそっとで、グラグラ揺れる様では、 立派な心の住まいとはならぬわけだ。
ちょっと一言二言、誰かが申しただけで、グーラグラ、うーん。
落ち着きも何も、あったもんじゃないとなる。
もう少し平静でいられる様に、柱というものを、しかりとこれ、立てよと言いたくなるわけだ。
だからこその、心の立て直しと、何度も申しなりよ、うん。
心は、住まいだ。
そうであろう。
心が落ち着かなければ、いくら目の前にご馳走があっても、うましうましと食べれるかとなってくるわけだ、うーん。
心の住まいこそが、あり方こそが、何でもこれ 良し、又は悪(あ)しという風に、繋がっていくわけだ。
心グラグラの状態。
果たしてそれ、人救い、世救いできるかとなる、うん。
「あの人にだったら、相談してみたいわ」
「何か、いいヒントになりそう」
それだけでも良し。
「思慮深くて、小難しい話をしなくても、話を聞いてくれるだけで、あの人だったら、聞く耳持ってくれるわ」
それでいいとなる、うん。
心、グラグラな者が、相談にやってくる。
しかりとこれ、受け入れるのは、絶対条件なるが、自分の心の部屋、家である、ハハハ。
心の四柱、どういう心根を持つ事が、このしかりとした四柱となるのかな?はい。
思った事を申すが良し。
タケル「受け入れの想念、器」
うんうん、器という字。
タケル「はい」
よーく見てみよとなる。
大きいと書いて、または、人と書いて線を書いている。
大きいというのは、どこまでもこれ、この境界線、越えよ越えよという風に、無限大。
いくらでも、心の器は、無限大だよという事だ。
そして、この四柱だ。
器の大きい者が、大らかという風な言い方。
何度もこれ、何度も申すのは、 狭き心、小さき心であるから、グラグラの、気付いたら、あら、行き倒れ、ハハハ。
心が、行き倒れだ。
そうなると、やる気も起きない、夢も希望もない。
今、何をしたらいいのか、という風な迷い子となる。
生きていくことに、これ、希望がない、所謂、光が見えないとなると、それはそれは生きているという風なる、みなぎるエネルギーが失っている状態なわけだ。
だからこそ、そういう方にも、自分は広い器を持ちて、
「あー、あの人であれば、受け入れてくれるな」、そういう風なる器を持つことが、心のはい?
はこ?
タケル「方舟」
そうだ。
どこまでも、こちらの方向。
こちらに運ぶねという事だ。
天へ天へという風なる方舟だ 。
天に向かうという事は、神の心根に近くなるという事。
すなわち、これ、神の御意図(みいず)というものは、平等でありても、受け入れの器で、全くもって変わってくるわけだ、うん。
小さな、本当に小さな、これ喜びというもの。
ああ、これだけでも、こんなに喜んでくれるのか。
ならば、もっともっと喜ぶこと、贈り物にしよう。
人も、そう思うであろうとなるが、神も同じ事、うん。
分かる者には、もっともっとという風なる事だ。
否、分からぬ者にも、別な意味で、もっともっと修行が溜まってくるという風になるわけであるから、これ、大きいという字が込められいる、この器というもの。
口では、そうだねという風に言ったとしても、口だけでは、器が大きくなったとは、勿論言えぬわけだ。
相手が評価する事。
どこまでも相手が決める事だ。
自分が、「私が心の器、大きいわよ」っていう風に言いふらしても、ハハハ。
まずもって、そういう者は、そういう事は言いふらさない、ハハハ。
この器という字が、実にこれ、四柱の意味である。
色んな意味合いを持つ。
「大らか」という言い方も、「謙虚」という言い方も、全ては心の器が大きい者という事だ。
がんじがらめの、我(が)という言葉がある。
凝り固まっている、この固まり。
この古(いにしえ)、古いという字の固まりだ。
なかなか持って、これは、頑固の固。
そして人偏を付けたら、個性の個だ。
個々に与えられている個性というもの。
それは、この人偏に固まるという字で、なかなかこれ、性格というものは変わらないものだ。
性格を変えよとは、神は決して申してはおらん。
それぞれの持ち味というものを、持ち合わせているから。
色んな性格がいるわけだ。
神が申しておるのは、どこまでも心の器だ。
自分にとって安らぐ。
安心、安全、安定のこの安という字。
案じるというのは、またこれに、木が入る。
相手の事を、案じる気持ちというのが、大事だ。
所謂、やすらぎに、木という字を加える事によって、「木」というのは、この「氣」に繋がるから、どこまでも、それこそ、相手のことを思いやるという気持ち。
それが、案じるだ。
安らかというのが、心のオアシスとも言うべき想念であり、いくら今の状態が自分にとって、これ、安らかなるか、どうかという事が、実は大事かとなる。
安心である事、安全である事、安定してる事。
まあ、今の時代は色々と変動というものが起こっているが、それでも、この安心の安という字になった状態が、ベストである、ハハハ。
例え今、色んな事が起こりては、波乱万丈なる時期だとしよう。
それでも安らぐことを求める事だ。
自分にとって、安らぎとは何か。
あまりにも無理はしていないか、無駄はしていないかという風なる事も考える。
出来うれば、この安らかなる思いという事が、本当に心和むとなるわけだ。
主晴(スバル)が、「慌てずとも、急げ」と申しておるか、これは、水道の蛇口は、例であるが、急いでコップに水を入れようと、精一杯水道の蛇口開いたら、あれあれ、コップに水、どれだけ入るかな?となる。
落ち着いて入れれば、所謂、程度というものがあるわけだ。
早ければ、良しではない。
又、遅いからいいというって事でも、勿論ない。
程度というものがある。
言葉も同じ。
相手が、ガガガーッと来て、我(が)で来るわけだ、ハハハ。
それを、ガガガーッと返すと、我(が)だけ。
はっ?我(われ)は忘れて、我(が)だけだ。
神は、本当にこれ、我(われ)を、我(が)と呼ばせている。
ガガガーッのガ(が)が、蛾にもいい迷惑だ、ハハハ。
だから、人に接する時は、特に肝心なる時は、一呼吸置く。
どういう言葉を、今伝えたら、相手に聞いてもらえるかなという風なる事だ。
落ち着いて着実に行動。
それも主晴が、教えとして申しておるが、これ、着実に行動するには、落ち着きが大事。
だからこそ、普段から準備、心の準備だー。
さあ、来た来たー。
ガガガーッ。
でも、自分は我に返り、「あ、鏡」だと、ハハハ。
そういう風に、我に返りなさいという風なる事。
これ、我(われ)に、ということが大事だ、うん。
我(われ)は、何度もこれは、神からの分け御魂での我(われ)という。
父と母が結婚して、我々が生まれた。
新たなる御魂が生まれたわけだ。
然れどもこれ父親が、母親が母親が、自分たちの体を創ったかなー、ハハハ。
創作者であるかな?うーん?
何一つ、爪一つ、この爪というものも、不思議と伸びる様になっている。
髪の毛も、伸びる様になっている。
でも、まつげは、あまり伸びないとなる。
ああ、髭は、男性であれば、まあ、伸びるとなっている、ハハハ。
その様にして、一つ一つが、本当に、至れり尽くせりの体となっているわけだ。
体は、神からの分け御魂の「神来だ」(からだ・体)。
又、この空っぽの「空だ」という風なる事の意味合いも込められている。
肉体はどこまでも入れものであるから、中身が肝心。
魂こそが、永遠に繋がっている。
体は現界に置いて、また次なる時代に新たなる体を賜わる、うーん。
ということは、上辺だけ綺麗にしても、中身が伴わなかったら、また繰り返すとなるわけだ。
今のうちに、心の器、広くして、グラグラしないように、しかりと、心の御柱を立てよ。
今日は何日?
タケル「30日です」
あっという間に、30日。
一月も、そろそろ終わりだとなる。
早いものだとなる。
早く感じるのは、次元上昇しているからこそ、早いわけだ。
本当に、そうなっている、ハハハ。
一見みると、時計は確かに、コチコチという風なる、1時間に60分、1秒間にどのぐらい 、1秒というのは、あっという間となるが、これまた、0コンマいう風なる事。
その積み重ねが、時だ。
日と書いて、寺と書いて、時。
時は、まあ時計が刻んでいるが、その人その人で、また楽しい事は、あっという間という風な感じ方。
辛い事は、長いなーという風な感じ方がある。
そういうものである、うー。
まずもって、自分は何をしていくかの、この今世。
生まれた役割というものを、キチッと一つ一つ、または同時にこなしていく事。
役目の多い者は、そういう事だ。
一足の我路(わらじ)もおる。
二足のわらじもおる。
三足も四足も履かなければならないのも、おるわけだ。
それぐらい、それぞれの役目は、皆違うがこれ、こうせよと、申すものは、まずもって時間の配分となる。
私は、日の神。

日の神様    2019年1月30日 夜11時11分~11時41分



ブルとーザーって、ガガガーッて来るでしょう。
大きな口みたいなシャベル、持って来てね、土を運ぶんだわ、ねえ。
すごいよー。
だけど、土を運んでくれるから、役割がある、ね。
でも、人間がまるでそんな感じで、大きな口開けてね。
ガガガーッて来て、これはこれは、波動っていうのがね、物凄いもの感じます。
心って常に、波動なんですね。
神様の今日おっしゃった、この安心、安全、安定。
この安らぐという思いは、相手も安らぐ事、できるんだよ。
試されると、本当はいいけどね。
はい、相手はトラクターです。
ガガガーッと来ました、ね。
「どうしたの?」
「まあ、お茶でも飲みなよ」
「何か辛い事、あったのかい?」
そうすると、その心のトラクターの人は、「あれれー?」ってなるんだね。
自分は、何を運んで来たんだろうか?
そうか、汚きゴミなるもの、運んできたかもな。
じゃ、ここで、話聞いてもらおう。
実はね、となる。
何か意味があるから、相手がそうするが、これ、霊障というものも関わっているから、まずもって、自分自身が、オアシスの様になる事が、本当に大事なんです。
うーん、我(われ)に返るという事なんだわ。
ほんとにそれが、幸せだよ。
44分。34
私は、主晴(スバル )。

主晴様   ~11時44分