日の神・主晴

性(さが)は、差がつくから、そう呼ばせたり

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年二月二日

無くて七癖、本当に癖がある。
人は、どうしてこう、癖だらけとなるかな、ハハハ。
癖という言い方は、大概は、あまりよろしくない方の、意味合いを持っているわけだ、うん。
「あなた、本当にそういうとこ、癖があるわね」
そのくせ、自分も大いにあるとなる。
お互い様だ。
お互いという字は、組み交わすわけだ、という事。
自分と人、同じ時空間、お互い様で、 この今という瞬間、互いに同じ所でいるわけであるが、これ、 やはり上にもドンドンと、また下にもドンドンと、いくら様でも高め合うこともできれば、ドンドン落ち込んでしまうことも、なきにしもあらずだ。
まあ、こちら側」は、どちらかの引き金が、マイナス要因と思いきや、何か片方が酒入りて、さっきまでは機嫌良かったのに、急に性格がガラッと変わるという事、まるで本人」ではない様なること起きれば、これ、霊障というものか関わっている場合、多しなわけだ。
いずれにせよ、お互い様という言葉。
一人よりも二人、二人よりも三人と、その場合、その時で、色々この組み交わすという事。
一人で、事業を起こす者もおる。
何人かで、起こす者もおる。
色々だ。
神は御縁を通じて、そのお互いの想念界を、よーく観察している。
だからこそ、互いにこれ、どうせやるならば、成功しようよ。
そうしてお互いに良き所を、それこそ褒め合って、そうでない所は補おうという、この心が大事だ、うん。
今日は、漢数字、はい?
タケル「七です」
七という漢数字は、まさしく、このお互いの十字という、これも組み交わすことであるが、そうしては、卍の様に、この七は、実はこう動き。
「生り成りなって、鳴りいずる」と、神様おっしゃるだろうなー、とタケルは想像していたが、その通りにしよう、ハハハ。
ここで十字。
例えば、自分が社長であれば、相手は優秀なスタッフとしよう。
または、逆もあり。
お互いの役目というものあるが、そうしては、この七というのは、まずここ、十字に、この線が入る。
卍、ドンドンドンドンとこれ、左回転していく。
開いていくわけだ。
もっともっともっともっと、真中心から、開いていくわけだ。
まず自分がいる。
そうして、相手がいる。
そうしてこれは、何かこと始めよう。
そうだー、タケルは、小さなミニチュアのお家を作るのが、得意。
この者は、小さな猫の人形を作るのが、得意だー。
そうして、まずそこで、成るという、成功の成(せい)の、成りだ。
そうしてそれが、ドンドンドンドンと、こういう風に、左回転。
それこそ、四方八方一六方へと、広がっていく。
あら、昭和の猫町、素敵だなー。
テレビで取り上げようか。
ある時に、日テレから声がかかり、そうしては、何年か前に、放映された事がある。
そういう風に、まず、この「無から有を発する」というものは、昭和の舞台で、然も、ミニチュアの猫の世界で作ったら素敵だろうなあという、発想から始まる。
初めは、この者が、十数年前に、一人でまあ、デパートで、ギャラリーなどで、活躍していたわけだ。
そうするうちに、タケルと出会い、「これ、作れるよ」という言葉で、何軒も何軒も作り始めて、今、まだ途中ではあるが、完成に向けて、着々とこれ、昭和の猫町の世界を作っているわけだ。
神は、この昭和という時代、前にも何度か申したが、人としての温かみを感じる時代だ。
近所で起こる事は、勿論のこと、みんなで祝ったり、おすそ分けしたり、そういう時代。
人情の時代だったという事。
あまり、今の時代のように、スマホ、ハハハ。
暇があれば、スマホ。
昔は、「まあ、お茶でも飲んでいきなよ、上がんなよ―」
「美味しい漬物つけたからさ、食べてってー」
そうしては、冬であれば、コタツ。
「あったまるから、入んなー」
その様にして、まさしく心の温かみを感じる時代であったという事。
これは、日本人ならではの、心の在り方を示している。
確かに、今の様に、持って歩く電話がないから、待ち合わせの時も不便だった。
だけど、そういうことを考える事もない。
何故なら、無かったからだ、ハハハ。
何時間も待ちぼうけという者も、あったであろう。
だけれども、心の繋がり、今と比べると、やはりこれ、暖かみがあった。
人情、人情、人の情けだ。
まず、この昭和という事。
そうして、猫の世界だ。
よは、人間の様な、立って歩く、擬人化された猫。
着物を着て、小粋に歩く。
何とも言えない、ほのぼの感となる。
そうしては、これ、ミニチュア。
約12分の1。
これは、何を示すかな?はい。
タケル「神様から見た、人間です」
そうだー。
そこである。
神と同じ様なる大きさで、創りての巨人。
ガリバーの、あのようなる巨人を創っては、これ、やはり恐竜の時代、トラクターの役目を持って恐竜たちがいた、その時代。
ところが、恐竜だけではなくて、とんでもない、人間の大きな大きな大きな、ガリバーの様な骨が出てきた。
これは大変だ。
今や、オーパーツと言われている一つである。
そのようにして、神は、同じぐらいの大きさで創りた時に、これ、そのようなる時代は終わりて、今の大きさがある。
12分の1ぐらいの大きさだ、うん。
だから、まるでドールハウスを見るようだ、ハハハ。
タケル「(笑う)」
奈良の大仏、あのぐらいの大きさが、神、うん。
よく赤子を抱いたるような、像を見かけるであろうが、神の子を抱いているというお姿している。
神の言葉で、申すなりよという、「なり」という言葉を、よく使う。
成り立つのなり、なりいずるのなり。
そういうなるだ。
なるほどなーとなる。
生り成りなっての、この世の世界。
神の御意志一つで、生まれて今がある。
昭和の時代は、やはり手作りの時代。
その後、昭和もドンドンと発達し、機械化されては、どこのみやげ屋行っても、同じようなるもの、味気なくなっている。
昔は一つ一つ、手作り、この手作りこそが、温かみというもの入るわけだ。
機械が作ったものと、人が直々作ったるものは、それはそれは、波動が違うわけだ、ハハハ。
機械の物はどれも同じ。
金太郎飴というものがある。
本当に同じだ、うーん。
昭和の物以前の物を「レトロ」という言い方はするが、やはり懐かしさというもの、人は感じる。
過去の思い出蘇る時というのは、色んな場合がある。
昔聞いた音楽、または絵、または景色などなど、「ああ、懐かしいなあ」というふうなる事だ、うん。
その中には、良き思い出も、そうでない思い出もあるであろうが、懐かしさというもの、実にこれ、神も人の事を、そう思う事がある。
初めに生まれた者、それから今までの成長を見ると、「随分永き時が経ったなあ」という風に思うわけだ。
人類界は、今どのぐらいの御魂が生まれているか。
皆がそれぞれ神の子であるが故に、そう、とてもじゃないが、呼べないような者もおるという事の悲しさだ、うーん。
懐かしいと思える事と、物悲しいと思う事もがある。
愛おしいとをいう事もあれば、色々神の感情、これが人間の感情に繋がっているわけだ。
神とて同じなわけだ。
否、同じように、与えているわけだ。
神様、面白いな。
毎日毎日、ハハハ、ハハハ、笑っている。
笑う門には、はい?
タケル「福きたる」
神々の話し合いの時には、それは真剣なる話し合い。
然れどもこれ、宴会になると、ワハハハ、、ワハハハ、酒を飲みながらその様にして、人と、否、神の世界が、映し世となりて、この世が存在しているわけだ。
宴会というのは、まさしくこれ、まさしく、これだー。
(縁会と書かれる)
こっちなのとなる。
毎回、同じメンバーで、縁会しているわけだ。
気の置けない仲間達と、ワハハハ、ワハハハ。
その時その時で、御縁というもの、流れというものありて、これ、その時に必要なる御縁で、出会っているわけだ。
本当に思い巡らすと、一度きりの者、何度も出会う者。
家族は、毎日同じというのは分かるが、仲良しの友達は、毎回、毎度毎度、来てくれる友達もおるし、たまーに来てくれる友達もおるし、又、こちらかも出向かうし、という風に、旬の出会いだ。
実はこうなっているわけだ。
それが実は、この瞬間の瞬、瞬間瞬間、旬の出会い。
御縁が深ければ、何度も出会う。
そしてそれは、回数とも言えない
二、三度会って、「あの人は」、と気になる人とか、色々いる。
一度出会えただけで、ありがたみを感じる御縁もあるわけだ。
又、「いつか出会いたいなー」と思う、思える相手もいるわけだ。
色々となる。
いずれにせよ、これ、フタを開けなければ、人生というのは分からぬわけで、ずーっと仲良しだと思ったら、突然傍にいなかった、という者もあり、 「早く縁切りたいのに、しつこくつきまとっている縁もあるわけだ、ハハハ、うーん。
まあ、縁組みは、神がしているが、これ、それに従うしかないという風なる事。
その要になっている。
「私、一生結婚できないのかしら」
ずーっと独身の女性や、又は、男性もいるわけであるが、それこそ「結び霊の理」というものがある。
所謂、この、結び霊というのが、皆が言う御縁である。
御魂同士が、出会うわけであるが、大まかに分けると、
「嫌だ、あの人。とんでもない人だったわ」
「ああ、あの人、意外といい人だったわ」
色々感じ方があるが、自分から見た視点で、勝手に点数をつけている。
神からの天数では、全くない。
ならば、己自身が、どうかとなるわけだ、うーん。
相手にとって、ちゃんと。良縁と思われているだろうかとなる。
口先ばっかり、いい事言って、全く行動に繋がらない者は、果たしてそれが良きかな、どう思われているのかな、うーん。
それよりも、あまり口先だけでは言わないけれども、コツコツコツコツと、これ、親切にしくれる。
あの人は、良い人だと思う、思われる場合もあるわけだ。
口先だけ、あまりにもこれは、信用というものに関すると、
「あ、この人は、言ってる事と、やる事が違うから、この人と組むのは、もうやーめた」
という風に思われがち、色々だ、うーん。
忙しい?
みんな忙しい。
神は、もっと忙しい、いや、もともっとだ。
今、これ、大ひっくり返しの直前。
どれだけの想念界を、まとめあげていくかだ。
おおー、昇ってきたなーと思ったら、ドドーンと落ちている、、よくあること。
コツコツコツコツ、昇ってくる者もある。
人知れず、陰徳を積む者だ。
陰で徳を積む者。
大概は、得意げに、「私、これだけやってあげたわよ」
片方は、誰にも言わなくても、親切な者だ。
一人になった時にこそ、何度も言うが、何が出るの?はい。
タケル「本音」
本音だ、本性だ。
本当の性(さが)が出るわけだ。
性(さが)というのは、どこからくるの?ハハハ。
差があるから、性(さが)と呼ばせているわけだ。
いい性格、そうでない性格、それはまさしく、利他愛と自己愛。
これがまあ大まかにいう言い方もあり。
もって、自分のことに関して、良かれと思うことをやるのは、徳ということではない。
残念ながら、一生懸命、自分の為に好きな物買ったり、好きな所に行ったり、好きな食べ物食べたりというのは、なんら徳ということではない。
ところが、買い物行った時に、
「荷物持ってあげるよ」
「あら、ありがとう」
そのありがとうが言葉が、実は贈り物となっているわけだ。
どれだけ、「ありがとう」と言われているのかな?、と神は見ている。
だから、大事、感謝が大事だ。
「何度も買い物行ってもらって、ありがとうね」
と言うから、差がつくわけだ。
又これは、今日の、今の自分と、数分先の自分。
はい、数分先は何が起こるか分からん。
ガガガーときたらどうなるかな?うーん。
人間ブルドーザーや、トラクター、傍にいたら大変であるが、それもまた鍛えとなるけども、いずれにせよ、成功するには、こなすには、とにかく始める事だ、うん。
一歩一歩、一段一段、一気飛びでもいいが、やれる時に、一生懸命、一所懸命だ、はい。
今日は、何日?
タケル「2月2日です」
とにかく、徳を積む事。
私は、日の神。

日の神様    2019年2月2日 夜11時11分~11時46分



うん、自分自身を高めるって事の、自分では、よく分かりにくいだろうけど、周りがね。
「あなた、変わったわね」
「本多君、変わったじゃない」
ってね、そういう風に言ってくれたりする。
または、言わなくても、分かってくれる人もいる。
とにかく、少しでも高めていくっていうこと、大事、うん。
人にはそれぞれ、本当に、得意、不得意分野があるけど、なかなか気付き」にくいし、気付いたところで、なかなか根付いているんだね、うーん。
ですけれども、このね、性(さが)というのは、差がついてくるから、どうせだったら、徳を積んで、そうすると、いいことが起こってくるんですよ。
得る事ばかり、望んでいる人類界だ。
それの得じゃないんだよ。
こちらの良きことの、徳を、是非積んでいきましょうね。
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時48分