日の神・主晴

日文良い無成也事

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年二月七日

はい?
タケル「ひふみ」
ひふみと来た。
ひふみとは?
タケル「日の神」
なんで、今日は、 ひふみなのか?
日本語の昔ながらの数え方で、「ひふみ」という言い方、意味深し。
日の神の文章の文と書いて、日文(ひふみ)。
言霊生まれたのは、まだ人類が生まれる前の話。
神々が使っていた言霊、文字霊、所謂、神代文字と呼ばれている。
神も言葉ありきにて、伝えていくという風になる場合と、インスピレーションで会話するという場合とあるわけなり、うん。
神代の時代から作られた。
だからこそ、今の人類界の言霊は、神代文字から作られたわけだ。
今もって、世界中に多くの言葉がある。
何かしら共通すること等々は、こういったルーツというものが広がっていき、もって、同じ所から発信したるが、文字というものである、うん。
遠い昔のお話であるが、否々、未だもって神の世界は、同じといえば同じだ。
その時代、その時代で神の教えを降ろしたりであるが、まだまだ月のみ代であった頃は、同じようなる内容にても、分かるような、分からないようなという風に、これ、真の如くの真如のみ代。
真であっての如くであるから、よく分かりにくいわけだ。
それが、全くの真の時代になる。
太陽の時代だ。
又は、こんなだ。
分かりにくかった神の教えが、実に分かりやすくなったというのが、今。
今の者たちに分からなければ、意味がないわけという風に、一つ一つ、解説者付きであれば、その解説者によって、色んな枝葉というものが、できてしまうと、これ、いよいよ複雑となりかねないからこそ、これからのみ代は、分かりやすく伝えているわけである。
「ひふみよいむなやこと」
これは、何度も伝えておるが、改めて、ここに記すが、
(日文良い無成也事と、書かれる)
無から有を成すというのは、何も無いところから発信する、発生するということは、まさしく神域。
この宇宙が生まれたのも、何もない状態で、今があるわけだ。
神だからといって、これ、あっという間に、たった7日間で創ったわけで、あるわけがない。
それこそ、担当神を使いての、それぞれ考えては成功することもあれば、失敗する事もあっての繰り返しで、今があるわけである。
今迄どれだけ生き物たち、生まれてきたかというと、それはそれは、絶滅種を入れると、相当な数になる。
そして未だもって発見されない生きものも、勿論あるわけであるから、また目の前にあっても、未だもって、効能気付かれず、ただただ雑草、又は木の種類の中でも、枝、根などなどにある効用というのあり、それはそれは、自然界織りなす効用を使いての事であれば、最高なる、これ効果効能となるわけだ。
なんと、これが食べれるのかという風なること、発見していくとよいわけだ。
そちらの方に意識を向けらなかったのであれば、勿論いつまでたっても、気付かないという世界。
意識を、何かこれから必要なるもの、まだまだ多くあるから、これ、例えば一つ浄化頂いた時に、それ一サジで煎じて飲むといいよというようなること、多くあるわけだ。
乗り越えれる手段というのは、実は、あるわけだ。
勿論浄化というのは、霊障が絡んでいるから、肉体的にばかりに捉えることではないにしろ、やはり肉体をもちてのことであるから、乗り越えれる手段を見い出していくことが肝心となる、うん。
まずは、自分がよく知ること、知っていくことだ。。
お金を出せば、勿論いくらでも、好きなものは買えるわけだ。
とこrが、そうじゃなくても、手に入るものも、多くあるわけだ。
もったいないということだ。
又、そういう生き方を、今からしていく事は、生きる準備となってくるわけである。
いざという時に、何も慌てず、恐れず、困らず、準備できるわけだ。
そこが、大事。
本当にこれ、揃えている、それを得ているという風になる。
そこに、いる方たちもだ。
又、そこにお連れする方たちもである。
同じようなる自然的な生き方を求める方達と共に、散策しては見い出していく。
多いにこれも、否、これこそが準備となる。
何もリュックに詰めて、どこかに移動するのが、準備ではないということだ。
それだけでは、勿論ないということである。
いつまでもリュック背負っているわけにもいかない。
中味にも、限界はある。
そうではなくて、これから生き方というものが、木の根、草の根、食べていけるような自分たちになっていくという事。
必ずこれ、やってくる。
木の根、草の根のありがたさだ。
勿論、実もそうではあるが、誰もがまだまだ目にもつけない様もの。
土の氣たっぷりという風に、土の中のものというのは、その土が、もちろん綺麗であることが条件であるが、虫さん達が、元気に住まう土地さんであることが、第一条件。
さあ、そろそろ春だ。
虫達も、もう起き出している頃だ。
十二分(じゅうにぶん)に、十分より一二分、用意する。
少し多いめに用意する。
例えば、買え置き、、買え置きというのは、とても大事だ。
すぐに、店閉じてしまったり、買いに行けなかったり、又は、店がなかったり、これから、そういう風になってくるから、調味料、主食もそうだけど、そういったことをも買い置きを十二分にしていくことだ。
一年は12ヶ月、一年一年、その年その年のテーマというものが実はあるわけだ。
今年のテーマは、何度も申した。
想念通りに行く時だからこそ、自分の意識を、上へ上へと持っていくことが肝心となってくる。
どうしてもこれ、浄化もドンドン起こってくるから、厳しき世にもなってくるわけだ。
変動の年でもある。
然れども、自分に合う様に、沿っていく様に、振り分けられているわけだ、うーん。
そうしてうまい具合におさまってきているという風に受け取る事だ。
それが、どんなに困難と思える事もだ。
浄化の時期こそが、実に、想念を上げるチャンスという時期。
そうして、上へ上へと向かって一二分にチェンジしていく事。
今日は、何日?
タケル「7日です」
一年を、最高の年に。
私は、日の神。

日の神様    2019年2月7日 夜11時11分~11時31分




「あっという間だなー、人生って」
そういう風に思う人と、
「十分に生きたなー」ってね、思う人。
一日もそうだよ。
「あっという間だったね」
って言う人と、
「いやあ、充実したなー」
という人ね、色々です、はい。
でも、同じです。
感じ方、捉え方、ね、みんな違ってくるわけなんだけど、「最高だなー」って思えることが、一瞬でもあったらね、それは素晴らしい日なんですよ、本当に。
そうでしょう、だってね、生かさせて頂くことへの、まず感謝ですよ、ほんとにね、うん。
これからはね、本当に二通りに分かれてきますから。
だから、一日の中で、まず、やるべき事、やらなければいけない事、やるでしょ。
そして、やりたい事、ね、やっていこうという風にしていく、うn。
ありがたしです。
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時33分