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日の神・主晴

楽天か、落胆か、どちらのラクに通じるか

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年二月四日

はい?ハハハ。
タケル「13、父さんです」
そう、父さん、天の父。
十三は、SUN、太陽の神だ。
太陽の神、この宇宙を照らしたもう、太陽がまず生まれるわけだ。
闇の中では、何も見えないという風になってしまうわけだから、どうしてもこれ、宇宙を照らす照明が必要となるわけである。
そこで、太陽神といえば、大概、多くは、伊勢神宮の「天照御大神」と思い浮かべるであろうが、これ、この13という数霊からも来ているように、「父さん」、太陽の神は、そのように「父さん」と呼べるわけである。
音霊、音霊に表われているなりよ。
そうしては、この数霊の13は、多くは不吉なる数霊という風になる事。
ところがどっこい、最高なる数霊だ、うん。
意味深し。
(13は、いみ)
秘め事というのは、色々、伏線伏線で、後で真なること、伝えられてくる事が多くある。
これ肝心なるが、伊勢神宮の神は、「天の母」であり、何度も申すが、耳に、またタコの話になるが、 太陽の塔というのは、大昔から、勿論、神よりの時代に祀られ、後、こちらの現界に創られたというわけである。
ピラミドウも、同じようなることではあるが、これ、太陽の塔、あらゆる所に、今でも、夏至、又は冬至に関係する遺跡など、これはまさしく太陽の通り道。
そこに、エネルギー賜わりては、その地場、まさしく浄化されたしよ。
何カ所も、今でも残したるが、そういった遺跡など、建造物であったり、石造物であったり、色々であるが、いずれにせよ、過去に創られたる人間が創りた神殿だ。
この神殿は、日本では、神社に御蔵。
どの神、祀りてという風に、分かりやすくなっているが、これ、分かりにくいところも、まだまだ多くあるわけである。
人は、太陽の教えを賜わろうと、そういった役目の者の話に集まりては、これ、ジ―ッと耳を傾け、祈るという風に、それが神殿の役割である。
お賽銭投げつけて、「いいことありますように」では、ちっとも祈り合わせという風に言えるものではない。
もっと、おごそかなる、神々しい、神域の祈り合わせだ。
自分の家が、家内安全、商売繁盛、等々の御利益を求めるのことばかりに、そういった所を、大いに謳ってる神社は、大儲け。
賑やかなる、ハハハ、おみくじから、御札から、お土産幽屋から、繁盛繁盛だ。
だが神は、ジ―ッと上から見ておるわけだ。
まずもって、そこの神社のあり方、宮司の心根。
まあ宮司がおらなくても、おごそかなる雰囲気。
名もない。誰も気にすることのないような神社。
そういう所に、繋がっていることいること、多しなわけだ。
まあ、副神系統の神達は、そういう
「大儲けするよ」
「受験、受かるよ」
そういうことを謳い文句に、集めたる所。
まあ人数も多くなれば、当然、当たる確率も増えるという風になるわけであるし、また一見よしという風なる、浮き立つようなことが起こりても、それは実は、棚からぼた餅が、まだ載っていたという事であり、それが無くなったら、もう降りないという風なる仕組み、実に、そういう風になっているわけである。
残念ながら、うまい話というは、そうそうないものである。
たまたま上手くいく。
たまたま大当たりする、というたまたまはなし、
然りとこれ、決められたるが、運命だ。
棚に、何も徳を積み上げていなかったら、いくらポカーンと口開けて、天からの飴玉もらうと思うても無理な話ということになるわけである。
よは、簡単に他力本願というものに頼りやすいのが人間であり、 御利益ばかり求めている者というのは、そこで想念の向上、少しでも、上げようということ、一切なく、
「うちの息子、受かるといいな」
「うちの旦那、出世するといいな」
「宝くじ、当たるといいな」
こればかり。
神社におわす神々も、うんざりという風に、聞きたくも見たくもないとなると、そこはお留守となってくるわけだ、ハハハ。
やってられないわけだ、うーん。
そうしては副神系統の神が、やんややんやと、もっと金儲け、もっと金儲けと、囃し立てるわけであり、本当にこれ、二種類。
努力をしようという心根、 少しでも良い方向に改善しようという思い、昇華していこうという向上心、どうしても人間だから、やはり心に波があるわけであるから、たまに疲れたら休むのも良し。
そうして、元気を蓄えていく。
いつもやる気、充満なりというのは、なかなかこれ、風船もパンパンな状態、弱くなり、いつかは割れやすくなってしまいがちだ。
だからこそ、少しは弱める、空気を抜く。
たまには、ブラーンと心のお散歩、うーん。
そういう風に、楽(らく)。
実はこの楽というのが、人間はいつもこういう事を求めているわけだ。
楽に楽に、楽しい方の楽天の楽だ。
落胆の方の落(らく)では、落ち込んでしまうという落だ。
楽な世界、便利な世界。
だからこそ、支障をきたすということも、多くありだ、うん。
昔は、確かに何事も、一つ一つが手作業が多かったから、今の時代はラクチン、ラクチン。
これからもっと楽という風に、方向性行くであろう。
その代わり、心の落胆も増えていくとなってくるわけだ。
何故なら、機械化ということは、そういうこと。
人と人との接するということが大事で、人と機械はどうしても、これ、接するということはないわけだ。
今は、レジでも、自分で操作して買い物をする、ハハハ。
本当にこれ、人の仕事をドンドン、機械化していっては、ある意味では、そういった仕事も減ってくるとなるわけだ。
全てがシステム化。
そうなったら、どうなるのであろう。
誰もいない、人がいない、スーパーだ。
「いらっしゃいませ」が、まずロボットの声だ。
センサーが鳴り響き、何かこと起こったら、ビービービーとなる。
楽とは一体、何であろうかとなる。
そういえば、楽しいという薬という字だなー、うん。
楽しいのであろうか。
まずもって、こちらの落胆の落。
ドンドン、この浄化が増えてくると、この汚き御魂が、各々に降り注いでくるわけだ。
浄化という字も、さんずい。
浄化は綺麗にするための、掃除だけれども、
「私、もう駄目なんじゃないだろうか」
「今日が、最後なんではないだろうか」
と落ち込んでいる者。
浄化なんだけれども、ドンドンドンドンと下に落ちていく。
これ、どちらも、「らく」と呼ばせているわけだ。
楽というのは、天国だ。
こちらの落というのは、地獄、方向性がいってしまう。
自らが、受け取り方の想念で、同じ浄化でも、
「良くなるための変化なんだな、ありがたし」
「とんでもないことになってしまう。もう、俺は無理だ」
という、この二通りだ。
今迄は、落胆したかもしれないような考え方も、やはりこの、神の教えを聞いていくうちに、
「あー、そうか、掃除なのだ」
「トンネルか、抜けられるな」
そういう切り替え、起こしていくと、楽な方に上がっていく。
よは、思い一つということだ。
人間は、どうしてもこの思い込みが激しい者も多くある。
どうも、物質的に見やすいわけだ。
これだけ大怪我して、とんでもない事になった。
又は、ちょっとした怪我だと、大した事なかったじゃない。
ところがどっこい、とんでもないと思った方は、割とあっさり治ってしまい、そうでもないと思った方は、後に引きずってしまう。
そういう事もある。
それは、一人一人の浄化というのは、皆、勿論お互いの修行で、御霊が救われれば、勿論本人も救わていく。
すぐに、救われるからといって、何回、何度も、何日もかかって、やっと救われたからといって、そういうことではない。
その浄化の期間というのは、それも与えられており、これ、その期間に、この受け取り方の思いで、楽天、落胆なってくるかである、うん。
大事なりよ。
今日は、何日?
タケル「8日です」
掃除の後は、綺麗になるの、当たり前の事。
掃除前というのは意外と、隅っこの隅っこまで、引き出しては拭き掃除したり、そうして、整理整頓していくから、そういうものということ。
体の浄化、心の浄化も、そういう事だ。
だからこそ、周りの者たちが元気付ける。
それがどれだけ、本人にとって、ありがたしかだ。
お互い様だがな。
だから、大事なのは身近なる者の、心の優しいアドバイスだ、うーん。
私は、日の神。

日の神様    2019年2月8日 夜11時11分~11時37分



どうせ、思い込むんだったら、いい方向に思い込もう。
絶対成功する、うまういく。
夢実現化するよってね。
今年は、そういう年です。
頑張っていこう。
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時38分
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