日の神・主晴

夢実現化に、確信をもつべし

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年二月二十七日

岸辺に沿うて、流るるわけだ。
大きな岩のようなものがあったり、なだらかであったり、急であったりと、人生は流れゆくわけだが、常に今も、流れているわけだ。
時の流れ、その中で常に常に、時折色んな物事との出会いによりて、スルーリとうまい具合に、流れる時もあれば、ドヨーンとどっぷりと澱んでしまうこともあるわけだ
まあ、それが人生だが、,常にこの今という瞬間が、まるで、まあ、海で言えば、サーファー。
波に乗って、大波が来たー。
スイスイスイーという風に、波に乗る。
人生の波というのは、これ、今まで色んなこと、振り返ると起こってきたわけだ。
その時、その折で、一生懸命生きてきたわけだ。
だからこそ、今があるわけである。
これから先、この人生の波、どう出て行くかだ。
まあ、先は見えないが、だからこそ、期待も希望することも、夢を持つこともできるわけだ。
ゴールが分かってしまったら、逆にこれ、ガッカリすることもあるであろうし、つまらないという風になるかもしれない。
先は見えないからこそ一生懸命人生の波乗り越えようという風にするわけである。
そこで、まずもって確信というものを、しかりと持つことが大事だ。
確信というのは、確実の確。
確実に信じるということ、もう決めてしまうわけだ。
ここで、実るという風なる事。
実に、この実るというのは、見ての通り、ここにも、ウ冠に神幽現で、人と書くわけだ。
せっかく、人生実りの秋に、それぞれに実をならせるが、それこそ、そのまま落ちて、腐ったる実。
まだ、枝に付いているが、青いままの実。
赤く熟して、美味しそうな実と、それぞれ色々とあるわけであるが、これ、それこそが、何事もそうだが、三界に渡っての、確実の実。
人は天からの賜わり物で与えられているわけであるから、何一つ作り出すものは一つとてないわけだ。
それを利用したり、作り変えたり、ハハハ、遺伝子操作したりしているわけだが、これ、確実なる夢実現化へと、もう心をそういう風に決めてしまう。
不可能の壁はない。
思考通り、言葉通りになる。
否、そういう風になりやすいのが、今年である。
嘘のような本当の話。
本当のような嘘の話もある。
考えられないようなことが起こってくる中において、これ、自分の夢だって、そんな大層な夢という風に、せせら笑えるぐらいの、大きな夢を持っている者。
否々、可能性は十分にある。
天はそれを知らされて、審査をする。
Aという者が、あることを希望している。
そうか、では、傍にBという者、そろそろ縁を繋いで事起こさせようかとなる。
そうすると、その繋がりで、地上界では地上界でうまくいくということ。
このようにして、上ではそういう風に繋げているわけだ、うん。
否、過去世でも同じようなる繋がりの縁で、来ているわけだ。
実にそうなっている。
だから、まず思考というものは、天に行くわけだ。
そうして、天が実現化するか、否か、決められるわけだ。
それがもし、人救い、世救いのためならばという風なること、これからはそういう思考の持ち主の夢実現化が増えてくる。
否、そうなっている。
今まで通りにはいかないのが、逆の者たち。
人救い?世救い?とんでもない。
人は自分のために動かし、世は自分のためにある、というようなる者たちは、除外。
今まではうまくいっていたが、それはそういう時代だった。
もうこれからは、善の想念の者は、上へ上へと届き、悪なる想念の者は、下へ下へと落ち、そういうことが二極化なわけだ。
天国界に繋がるものは、担当、天国の使いの者たち。
いわゆる天使たちだ。
地獄界は、言わずとも分かる、悪魔たちだ。
このようにして、天の使いは、もともとそういう風に、その者の想念に合わせて、どちらか片方を担当させるわけだ。
それが実にこれ、毎度毎度変わる者もおれば、ずーっとあまり変わらない者もおるわけだ。
それは、どういうことかというと、調子のいい時だけは、人に親切。
まあ、それも、目論みがあって、そういうことやる場合は、あまりいい点はもらえないが、実に誰も見ておらないところで、悪い事。
まあ本当に、コロコロコロコロと、人の目を気にしながら生きている者。
まあ、こういった者たちは、もう二極化されたわけだから、そうそううまくいかなくなってくるわけである。
真面目、とにかく真面目。
誰も見ていない所こそ、真面目。
そういう、陰徳を積む者というのは、最高に霊層界高い者だ。
陽徳は、当たり前だ。
人の見てる所で、一生懸命、例えばお掃除をしている者がいる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
陰徳というのは、誰も見ていない所でのお掃除。
誰から報酬もらえることもなく、例えば、山や川、海などでゴミを拾ったり、そういう風に一生懸命、世のため人のために尽くす人である。
どうも損得勘定というのを、人は間違えて考えておる者が中におる。
得をしただと?
何を得をした。
ああ、お金拾ったのか。
それで?
届けなかったんだな、うーん。
そうして、得をしたと思っている。
もし届けたら、ありがたい という風に、感謝されるわけだ。
本当にこれ、徳川家康の徳と、得るだけの得の違いというのは、実に神からの天数として、ハッキリと示されるわけだ、うん。
悪人というのは、考え方が、人の物を奪ったり、そういうことで得をした。
そう思い込んでいる。
まあ、あちらの世界は分かっておらないから、こちらの世界だけでは分かりにくいから、本人はうまくいったと、ほくそ笑むわけだ。
それが又、癖になって、やめられない。
真面目に働くなんて、思ってもみない。
そのようなる者、まあ言わずとも分かるであろうが、あの世に帰った時は、どちら行きというのは、言わなくても分かる。
ここでハッキリ申すが、あちらの世界の方が、うんと長いし、今回地獄界に落ちたら、えらいことになるから、本当によく考えて行動するべしだ、うん。
普段、口にすることの中で、夢を語るわけだ。
何々を完成する、完成する、世に広めるというようなることだ。
それはもう、神に届き、
「そうか、そういった思いで、そのようにしたいわけだ、うん」
神はここで、まずもって振り分けるわけだ。
実現化させるか、否かである。
それは大愛をもってくるわけであるから、そこで実現せずとも、違うところで、これ、導く場合もあるわけである。
だから、一概には言えないわけだ。
しかしながらも、今年は本当にこれ、この思考が大事。
諦めずに、前に向かう、向かっていく。
毎日のように、まるで称えるように繰り返す。
そうして、、言葉だけではなくて、勿論実践していく、うん。
オンリーワンの夢実現化させよう。
今日は、何の数霊?
タケル「32です」
十二単という言葉もあるが、一年は12ヶ月だ。
一二、一二、一二カ月だ。
これはひと月ごとの計画というもの、立てていくと、まあ一年でどれぐらい実現化させたかなという風なること。
期限を決めて、ある程度計画していく。
ざっくばらんに、丸一年の計画というのもいいであろうが、そのように細かく計画していくことも実現化の妙法だ。
三十二という数霊は、神幽現、そうしてこれ、十二というのは、これこそやはり一年の節目に当たるものだ。
一年は、あっという間ということ。
一カ月一カ月、その月その月のエネルギーというものが、また違うわけだ。
今度は三月がやってくる。
実る月なわけだ。
それに向けて、頑張っていくべし。
今日は、何日?
タケル「27日です」
うーん?
またこの33分ですか、神様。
私は、日の神。

日の神様    2019年2月27日 夜11時11分~11時33分


テーマは昔、昭和。
手作りの時代、おもてなし、思いやり、人付き合い。
昔ながらの昭和の、その時代は本当にいい時代だった。
それを表現したのが、猫町ですけど、ニャンとも言えない、猫の愛くるしさ。
着物を着て、まるで人間のように二本足歩き。
しゃなりしゃなりと歩いている着物姿の女性。
「ああ、いらっしゃい、いらっしゃい」
魚屋さん、声をかける魚屋の親父。
色々とそういった、昔ながらの佇まいを、猫の世界を表現、うん。
頑張っていきましょう
主晴(スバル )。

主晴様   ~11時36分