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日の神・主晴

天国界に通じる想念というのは?

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月六日

入り口があったら、出口があるのは当たり前ではない。
入口あっても、出口が無くなる場合があるということだ。
大概人は、あるイベント会場に行って、入り口から勿論入って 色んな催し それはそれは賑やかだ。
そこは霊界のイベントだ。
天国界も、色んな層がある。
そうしては、その者その者の相応の理によりて、その天国界の層は決まるわけだ。
「あら、あなた何階?
あら一緒じゃないのね」
という風に、同じとは限らないわけだ。
夫婦でありても、いくら仲が良かったとしても、まずもってその霊界の入り口。
生年月日で、まあこの世に生まれ、あの世に逝く時も、もうとっくに決められているわけであるが、幽界誕生。
そうして旦那か女房か、どちらか先が先に逝くわけであるが、とりあえずのアカシックレコード見せられる時には、迎えに来てくれて、参列したわけである。
その後の住む所に於いては、同じとは、本当に限らないわけだ。
そうして、その者その者は、天国界にて修行だ。
もう片方は、地獄界。
これは地下になっているという風に、地下に行けば行くほど、それはそれは修行というものが、ドンドン過酷になってくる。
その地獄界の入り口、もうフタをされるから、この世行きの列車というものは、もう発車しないわけだ。
そうしては、やはり相応の理で振り分けられて、地獄界の層、それぞれ修行になるわけだ。
このようにして、もうあの世の入り口に入ったならば、 天国界の者は、またこの世に輪廻転生ということで、それまでは修行になるわけだ、うん。
またこのように言って訂正ということでそれまでは修行になるわけだ
だから結論、天国は、入口と出口があるわけだ。
それを然りと踏まえて、この世を生きることだ
このままで、今の生き様イコールで、天国行き、地獄行きというものが、振り分けられるわけであるから、大丈夫かな?と、まず自分の身を振り返るわけだ、うん
「いやあ、自分は結構いい人間で、人には親切。
まあまそこそこという風に、きっと天国界だろう」
と思っていても、こればかりは神が決めるわけだから、分からないわけだ。
また、この世の宿題というものも、もし残されていたとしたならば、そういうようなことも、計算に入れられるわけである、うーん。
ある人物とのトラブル、今だ引きずっては、ああでもない、こうでもないという風に、心の清算が、まだしきれてない者。
お金の清算がまだしきれてない者、という風なることだ。
あの世に逝ったからと言って、御破算ではない。
「家のローンなんていいんだよ。
どうせ、 あの世に逝くんだから、それで御破産さ」
まあ、そういうシステムもあるであろう。
そうなっている所も、勿論あるであろう。
然しながらも、借金というのは、やはりあの世にイコールになってのことであるわけだ。
だからこそ、キチンと常に常に精算というのを、心がけることだ。
今日は、あの世の話ばかりしているが、あの世こそ、みんなの必ず逝く未来である。
これからの生活ぶりで、あの世の層が決まるわけだ。
「まだまだ若いから、そんなこと、考えちゃいないよ」
なんて、とんでもない。
いつ何時、お迎えがということ、分からないわけだ。
だからこそ、常に、一瞬一瞬を大事に生きよと申す。
いつ、あの世に逝っても、後悔せぬようにという風にすることだ。
執着だけは、残さぬようにすることだ。
この世の、この今の瞬間の想念が、イコール、イコールで成り立っている、あの世の世界だ。
まずもって想念界が、天国界に通ずるか、否かということで決まるわけだ。
これ 天国界の想念というのは、どういうものがあるであろう、はい。
タケル「利他愛」
うん、自分のことよりも、まず人のことだ。
気遣うことだ。
ただ自分のことは、勿論大事だ。
自分のことのように、人のことを思えるということが大事という、それが利他愛だ。
後は?はい。
タケル「……」
利他愛だけかな?
天国界の想念は。
何でもよし。
思ったとこと、何でもよしだ。
タケル「……」
まあ、上げれば色々とあるわけであるが、天国界の想念というのは、まず明るいこと、思いやりのあること、優しいこと、親切なこと、穏やかであること、和する心を持つこと、救わせていただこうと思うこと、まあ上げたら色々ある。
今の言った想念の者が、まあ、天国界に通ずるわけだ。
そこに、マイナス要素はなし。
温かな春のような、そう、小春日和という世界だ。
花々や、さえずる鳥、川のせせらぎ、という風に素晴らしい、ずっといたいと思えるような世界。
上に行けば行くほど、芸術などをたしなめる世界だ。
本当に上の方は、神界と近い世界である。
温かいものだから、薄着で大丈夫なわけだ。
だから、神はいつも薄着なわけだ、うん。
下に落ちれば落ちるほど、寒く極寒となるわけだ、うーん。
地獄界の落ちている者たちの関わりの中で、憑依霊や地縛霊がいるが、そういった者たち、何かしら自分に、知らずに関わっている。
まず、どこの時代の、なにがしかということも、普通ならば分からないが、もしこちら側で分かったとしたならば、徹底してお詫び、そうして救わせていただくということ。
神は、メッセージやサインを与えるということは、まず自分たちが、どの時代に、どういうことをしてきたかということが分かって来るわけだ。
そうすることによって、ああ、だから、今はこうなっているのだという御仕組みが見えてくるわけだ。
タケルも、この者も、直前世は戦国時代は、武将であったから、やはり本当にそういった者たちが、 周り多くいるわけだ。
それぞれが、何がし、何がしと分かって来くる度に、なるほどなーと、つくづく見えてくるわけだ。
本当にこれ、国が決めた敵味方と、自分たちの心の敵味方は、イコールではない。
それが本当に分かってくる。
こんなに仲良かったのに、昔は敵だったんだねということ。
また、その逆もあるわけだ。
今回は戦がない分、平和に、和する心というもの、出来うる限り、何かトラブルを起こりたとしても、まず相手にお詫び。
そうすれば、相手も変わってくる。
今回は、色んな時代の統合でやってくるわけであるから、それぞれの時代のメッセージが、こちらも色々と降りてくるわけだ、うん。
レムリアと戦国は、とにかくメッセージが多いわけであるが、他にも色んな時代が、ちょこりちょこりとくるわけだ。
来る必要があって、勿論来ているわけだから、まず、これから真剣に友達と共に展開していこうということだ、うん。
過去世関わっているから、まあ今世も関わるであろうという風に、これからだ。
今日は、何の数霊?
タケル「三十九です」
19で行く。
三位一体になる世界で、実にこれ、想念が行くということは、まず現霊界神界、そしてマルチョンと、こういう風に通じていくわけだ。
三が主という字になったが、とにかく、この今年のテーマでもあるが、三十九というのは、想念が行って、三位一体なる世界、全てにこれ、自分の思い、願い、計画、まあ悩みなどもそうだが、そういったものが、神の世界に行く。
そうして結果が生まれるわけだから、だから、想念を大事にせよと、何度も申す。
これ(想念)次第だ。
今日は、何日?
タケル「6日です」
今年は、浄化もそれぞれドンドン起こってくるから、お掃除されつつ、頑張っていくことだ。
霊心体に渡ってのお掃除が本格化している、うん。
そうして、夢実現化に向けていくわけだ。
掃除は大事、大事なり。
私は33の神。

日の神様    2019年3月6日 夜11時11分~11時33分


思った通りのことが、実現化しやすい年。
これは、やりがいある。
頑張っていこう
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時33分
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