日の神・主晴

友人にエールを送ると、自分にも幸せを得ーる

『日神理神示(ひかりしんじ)』 平成三一年三月七日

まあ、なるようになるさ、となるわけだ。
この「なる」という言葉自身が、もう「成り生りなって、鳴りいずる」から来るわけだ。
何かになろうとすること、成し遂げようとすること、希望を持って努力していくこと、夢に向かって実現化していくこと、等々は、もう、こちらの天に神がおわしては、結果、地上界に降りるわけだから、神が良しとすれば成就するとなる。
だからこそ、その時に成功する、うまくいく、合格する、実現化する、という風なることも、いや、今ではない、そこではない、違うところである、という風に導くことも、天が決めるわけだ。
導いていくわけだ。
必要な所に、必要なる物事に出合わせ、人と出合わせては、天界が展開させているわけだ。
簡単な話、全てはここ(天)が決めるわけだから、まず自分の想念界が、ピピピピピピピピピと、天に届けられるわけだ。
思い一つ一つも、発する言葉も、行動も、全てお見通し。
で、天から御覧になっているわけだ。
そうして、色んな天の使いを使って、報告したり、結果、答えが出たりという風になっている仕組み。
アクセス、常に、天にアクセスだ。
決め込むということ。
夢への実現化というのは、色んな手段があるわけだ。
まずもって、自分が何をやりたいのか、そしてそれを、どのようにしていくのか、まあ、計画を立てるわけだ。
ある程度の計画、細やかなる計画までしていくわけだ。
そうしてそれには、周りの関係者を共に進めていくわけなのか、自分一人で行動していくのか、色んな手段、方法というものがある。
これ、もう具体的に結果を決めることだ。
もう成功した、
そしてそれは、どのようにもう成長したかということも、決めてしまうわけだ。
もう、未来を決め込んだわけだから、そこに向かうだけである。
後は、念じては行じ、行じては念じるということだ。
念ずるというのは、実にこれが大事であり、天に向けて、
「どうか神様、成就することが許されますように。
人救い、世救いのために、私はこのような事をこれからしたいと思います」
という風になること。
そうすると、天は
「おお、おお、利他愛の想念か」
まずはそこが大事だから、そうしては、色んな応援団を呼んでくれるわけだ。
まずもって、天の使いたちに報告されるが、それぞれの天の使いたちも担当があり、色んな役目があるから、そうしては御縁を通して、繋いでいくわけだ
見事にこれ、出会うべくしての出会い。
だって、同じお盆の中で、毎度毎度、生まれ変わり、出会わされているわけだから、いつか出会うわけである。
ま、このタイミングか、今回は、となるわけだ。
勿論、毎回同じなわけではない。
今回は、何度も申すが、色んな時代の統合であるし、然れども御縁は同じでできているから。
よくある話であるが、自分が昔、教師であった。
そして、 ある者が生徒であった。
今回は、その逆、という場合もよくある話だ。
だけれども、何故か、習う前から何となく分かり、教師よりも、実にこれ、分かっていたり知り得たりするという場合も多くあるわけだ。
まあ、習う必要ないぐらい、知識が残っていたという風なることも多くあるわけ。
そのようにして、イコールではないにしろ、関わる者たちは、同じ面々ということだ。
うん、見事にそうなっている。
レムリア時代、分かりやすく、これ、例えばアーティストだった者は、今回もアーティスト。
博士だった者は、まあ今回は博士と呼ばれないにしても、発明したり、何となくそういうことを携わっているとなる。
そのようにして、これからこれからの者達もいるわけだ、うん。
博士の中でも、色んな分野に携わっている者もおる。
そうなってくると、順番というものも出てくるわけだ。
一度にこなせるものではない。
その都度その都度、順番でくるわけだ。
そのようにして、天界が展開させているということ。
だから、常に天にアクセスである。
決め込む。
もう未来決定。
絶対にうまくいくと決定するわけだ。
例を言えば、今は一見、趣味程度で作っている人形だ。
まあ、昔はプロとして、デパートやギャラリーでも売っていたわけであるが、ある時、それはやめて作り続けている。
そうしてその人形、まあ猫の人形であるが、となると、どの者か分かってくるが、これ、自分の作品に、偶然に出会うという話。
先ほど友人からの電話で、伊香保温泉の話が出た。
まあ、猫町に伊香保のような温泉街を作ろうねという計画があるわけだから、いずれ、行くという風に、伊香保温泉、決めていたわけだ。
もう何十年も前の話だが、昔、伊香保温泉の、あの石段の店屋の中に、下駄屋があって、、そこに入ったら、何と、この者の作品、猫の下駄屋が飾られていた。
驚いて店主に聞くと、友人からどうしても、譲ってほしいと、譲り受けたということだ。
そのようにして、意外な所での出会い。
まあ某有名デパートで販売していたわけだから、色んなルートで流れてきたわけであるだろうが、これ、そういうこともある。
面白い話である。
今まさに、下駄屋も作ろうとしているが、このようにして、人形というのは、実はこれ、魂が込められるという風なること、よく言われるわけだ。
人形(ひとがた)、まあ猫は、猫の人形だが、可愛がれば可愛がるほど、大事にすれば大事にするほど、ずーっと人形さん達が元気でいてくれる。
まあ、人形も心を持っているわけだ。
無機質と思われるような石ころも、勿論心があるし、木も草も勿論心がある。
宿るわけだ。
だから愛おしい、大事にしようという思いが大事だ、うん。
どうせだったら、自分が望み通りの人生というもの、歩もうではないかとなる。
もう自分が、成功している姿を思い浮かべ、何かの成功の時に、祝賀パーティー。
それはそれは豪華なパーティー。
周りの方達も素晴らしい方たち。
そういう風に、未来を決定付けるわけだ。
今年一年が、勝負の時。
本当にそうなっている。
今年一年が決め込むと申してもよし。
それぐらい行く年だ。
今日の年だ。
GOの年だ。
今日は、何の数霊?
タケル「四十です」
四柱、何でも四つの柱で、建物が建つわけだ。
あのピラミドウも、実は四つの柱だ。
のように四角錐であるわけだから、建物というのは四柱だ。
心も、実は四柱でできている。
然りとその、四柱というもの、グラグラしないように根付かせることだ。
一度決めたら、揺るがないこと。
人が例え、
「そんなの無理だよ、馬鹿馬鹿しい。
聞いちゃいられないな」
そういう意見は、右から左、水に流す。
まあ、面と向かってそのような失礼なこと言うのはは、よっぽどであろうが、
「大丈夫だよ、きっとうまくいくさ」
と言う友達。
うんうん、そういうエールを送ってくれる友達、実にこれが、エールというのは、幸福を得るという言霊だ。
そういう風になっている。
だから自分自身も、これ、友人に対してエールを送る事だ。
それが返って、自分にも戻ってくるわけだ。
得るというのは、そういうことだ。
今日は、何日?
タケル「7日です」
機械じゃないんだから、休みたいなーと思ったら、少しは休んで、そしてまた馬力をかけるわけだ。
人間なんだから、そういうことも大事だ
自分の体は、自分しか分からない。
エネルギーを溜める時間ということだ。
得ーるだ、うん。
エネルギーを得ーる。
私は、与えーる神、ハハハ。

日の神様    2019年3月7日 夜11時11分~11時28分


ハハハ、神様がおっしゃいましたけど、今ね、与える。
神様が与えてくれるから、我々は恵みというものを賜わるんだ、ね。
全て、こうなってるの。
だから神様から来て、自分たち、この御魂ね頂いて、そうして又、こういう風になってね、これが永遠にこう、人にもエールを送ると、自分にも返ってくるんだよ、ねー。
Lという字の筆記体を使われて説明)
いいことしたら、いいこと返ってくるの、当たり前の話なの。
ありがとうって感謝の言葉、来るでしょう。
それが、光の勲章になってるんだよ、ねえ。
そうなっているんだよ、ねー。
「ありがとう」を、百回言っても、千回言っても、友達から、心の底から、「ありがとう」って言ってくれた方が、よっぽど光を得ることができます。
そんな暇あったらね、少しは何かしなさいということだ。
御利益信仰じゃない。
ありがとうは、感謝の言葉だ。
主晴(スバル)。

主晴様   ~11時30分